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前時代的迷信なり [それ、ウソです]

 それ、ウソです(63)  

 前時代的迷信なり

 仮に放射線・抗ガン剤で一両年いのちがのびても、そういう人工的苦しみはしたくない。
 ──略──
 秀の姉の芳子来る。見舞い旁々顔を見に来たる也。彼女も放射線・抗ガン剤のものすごさを語る。(中野孝次『ガン日記』=文藝春秋2006年7月号)

『ガン日記』は、『清貧の思想』の作家、中野孝次氏が最後に遺した生と死の記録である。

 中野氏は2004年2月、

「ヘソ上部の鈍痛は異常なり。今や背中の両側一帯に痛みひろがり、腹のあたりはつっぱらかって、異常時の発生を告ぐるが如し」という症状が何日も続いて受診、食道がんが見つかった。

 それが2月18日のことで、さらに検査通院を繰り返し、3月18日、入院。

 日記はその間の経過、心境をつぶさに綴り、入院の日の朝の、

「今日より約二ヶ月半、初めての病院生活と医療的拷問始まるか、と思う。しかし、すべてそのときそのときに応ずればよしと覚悟は定まりてあり」との述懐で終っている。

「この『ガン日記』は、人がいかに生きるかを考えるとき、文の力、言葉の力がどれほど支えになるかを示す、文学者の真実の記録であるとともに、まもなく到来するガン患者五百万人時代の指針ともなるであろう」

 文藝春秋における中野氏の担当編集者を28年務めた、高橋一清氏はそう述べている。

 しかし、この感動の書に記された放射線・抗がん剤に対する否定的意見を、「ガン患者五百万人時代の指針」にしてはならない。

 近年、飛躍的に進歩した放射線治療は、けっして「医療的拷問」などでは、ない。

 中野氏の言葉は、前時代的な偏見、誤解であり、いまでは迷信のたぐいといってもよいだろう。

 食道がんは、10年ぐらい前までは手術しなければ治らないとされていたが、いまは化学療法(抗がん剤)と放射線治療の併用で手術同様の成績が上げられるようになった。

 2012年、食道がんを患った、作詞家で直木賞作家のなかにし礼氏は、心筋梗塞の病歴をもつため「私の心臓は食道がん手術のようなおおがかりなものには耐えられまい」と粒子線治療を選び、がんが完全に消滅したという。

 粒子線治療は、炭素や水素の原子核を光速の60~70%程度まで加速し、特殊な放射線を発生させてがん病巣を狙い撃ちにする。

 炭素を使うのが重粒子線で、水素を使うのが陽子線、なかにしさんが受けたのは陽子線治療だった。

 同じころやはり食道がんの手術後の回復がかなわず亡くなった中村勘三郎さんも、なかにしさんと同じ治療法を選んでいたら……、と思わずにはいられない。

 ただ、粒子線治療は「先進医療」なので公的保険はきかず、約300万円かかる。

 なかなか敷居が高い。

 しかし、通常の放射線の照射の形を、コンピューターで細かく設定し、目的の病巣のみにピンポイント照射を行う強度変調放射線治療(IMRT)は保険適用で、前立腺がんなどは陽子線治療と効果にほとんど差はないといわれる。

 不肖マルヤマも2006年、IMRTに準ずる画像誘導照射法(IGRT)を受けて前立腺がんがほぼ消滅した。

 がんが発覚したのは1999年だったが、すでにリンパ節に転移していて手術はできず、IMRTなどはまだ開発されてなく、ホルモン療法でがんを抑えてきて、7年たってIGRTを受けることができた。

 さらに08年には尿管がんも発症、左の腎臓、尿管を全摘出した。

 その間の経緯は、拙著『「がん」はいい病気』(マキノ出版)に詳述した。

 なお、この16年間、私はずっと「心美寿有夢」の諸サプリに助けられてきた。

 がん二つを抱えながらもありがたい不思議に恵まれて、「元気ながん患者」をやっていられる最大の一因と、感謝している。
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