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才女とイワシ [雑感小文]

 平安中期の歌人で、評判の恋多き女性でもあった和泉式部は、イワシが大好きだった。

 しかしイワシは下魚とされていたから、人には知られぬように食べていた。

 あるとき、式部がイワシを食べているところへ、愛人の(のちに3人目の夫となった)藤原保昌が入ってきた。

 式部はあわてて衣装のうしろにイワシを隠した。

 その素振りを見て、保昌は、てっきりもう一人の愛人、道命法師からの手紙だろうとかんぐり、

「なにを隠したんだ。あやしいぞ」と強引に迫った。

 式部はしかたなくイワシを見せて、

「日の本にいははれ給ふいはしみづ まいらぬ人はあらじとぞ思ふ(日本でだいじに祭られている石清水八幡宮にお参りしない人はないでしょう)」と、歌を口ずさんだ。

 石清水とイワシを語呂合わせして、こんなおいしい魚を食べない人はいないでしょうと、弁解したわけだ。

 当時の人はなにかといえばすぐ一首ものしたみたいだが、この歌じたいは和泉式部の作ではなく、八幡大菩薩の託宣とされる古歌だそうだ。

 保昌は、式部が隠そうとしたものが、別の男からの恋文などではなく、イワシだったことを知って、とたんに機嫌を直し、

「イワシは体を温め、ことに女性の肌を美しくする薬魚です。恥ずかしがらずにたべなさい。へんな誤解をしてわるかった」とあやまった。
 
 そして二人は、

「なおなお浅からず契りしとなり」と、この挿話を紹介した『御伽(おとぎ)草子』には記されてある。

『御伽草子』といえば、「一寸法師」か「浦島太郎」くらいしか知らなかったが、この和泉式部のイワシの話が出てくる「猿源氏草紙」を、こんど初めて読んでみてじつにおもしろかった。
  
 伊勢のイワシ売りの男(猿源氏) が、京の町中でチラッと見た遊女に恋をして、関東の大名に化けて思いをとげる話で、首尾よく一夜を共にしたまではよかったが、寝言で「イワシ、買おう、イワシ、買おう」とやってしまった。

 夢の中でも商売を忘れぬとは見上げた性根だが、これを遊女に聞きとがめられて、イワシ売りの身分がばれそうになった。

 だが、そこで和泉式部の例の挿話を持ち出し、うまく言いつくろう。

 その才気に遊女も本気にほれて、

「互いに下紐(ひも)をうちとけて、比翼連理の語らひ、あさからず見えにけり」というわけで、二人そろって伊勢に戻り商売大いに繁盛した。

 これもひとえに物を知っていた功徳で、

「されば、孔子のいはく、倉の内の財は、朽つる事有り、身の内の財は朽つることなし。......人ごとに学び給ふべきは歌の道なるべし」―という結び文句は、お定まりの教訓調だけど、そこまでのあれやこれやの物語はとてもおもしろかった。
 
 なお、この和泉式部とイワシの話は、人物が紫式部と彼女の夫宣孝に変わって、江戸中期の『市井雑談集』とか『和訓栞(わくんしおり)』という本に出ているそうで、こちらのほうは和歌の上の句が、 「日の本にはやらせ給ふ(日本中でもてはやされる)」となっている。

 イワシを女房ことばで「むらさき」ということからの連想で、和泉式部が紫式部にすりかわったのだろうか。  ともあれ、きっと、二人とも大のイワシ好きだったのだろう

 さて、ところで、イワシの肉は良質のたんぱく質。

 コレステロールを減らし、動脈硬化を防ぎ、頭の働きにもよい不飽和脂肪酸のEPAやDHAもたっぷり含んでいる。

 ビタミンA、B2、カルシウムなども多い。

 欠点は「魚」へんに「弱」と書くほど鮮度が早く落ちやすいこと。

 生で食べるときは気をつけよう。

 和泉式部や紫式部も焼くか煮るかして食べただろう。

 鰯やく煙と思へ軒の煤(すす) 室生犀星
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