SSブログ

心の絆、それは家族です [雑感小文]

 平成養生訓29    

 心の絆、それは家族です

2011年3月11日。

私たちの国、日本が瞬時にして一変したあの日の昼過ぎ─。

私は、小さい仕事をひとつ仕上げて、仕事部屋を出て、居間のこたつに脚を入れて、体を横たえたところでした。

と、不意に床下から突き上げられるような振動が体に伝わり、地震だ! あわてて上体を起こすのと同時に、家がゆらりと揺れました。

ゆら~り、ゆら~り、ブランコのように家が揺れ続けます。

ずいぶん長い大きな揺れだなあ…、これは近いぞ、ついに関東大震災の再来か。

そう思いながらテレビをつけたら、

「東北地方に地震…」と、テロップが流れています。

東北なのに、なぜ東京もこんなに揺れるのだ? 

いぶかしむ間もなく、またも、ゆら~り、ゆら~り…が始まりました。

 …………………… 

昼下がりのドラマを放映していたテレビの画面が切り替わり、信じ難い異様な光景が映し出されました。

海が、凶暴な意思をもつ生きもののように陸地へ向かって動いてきます。

黒い巨大な水のうねりが有無を言わさぬ勢いで、船を転覆させ、車をのみ込み、家を押し流していく…。

ぼうぜんと見ているうちになにか息苦しく奇妙な痛みが胸中にあふれるようでした。

 ……………………

CMの消えたテレビは、どのチャンネルも連日、おびただしい死と絶望の様相を映し続けました。

家を失い、家族が散り散りになり、廃虚の中に孤立し、寒さと空腹に耐えている人たち、不眠不休で救助に当たっている人たち…。

そんな人たちの心に届くどのような言葉があるだろう。

そう思うと、つくづく自分の言葉の軽さ、薄さがむなしく、ぼんやり虚脱してしまうようでした。

 ……………………

そんなとき、ふと、幕末の歌人、橘 曙覧の歌集『独楽吟(どくらくぎん)』中の一首が、頭に浮かびました。

たのしみは 家内五人(やうちいつたり) 五(いつ)たりが 風だにひかで ありあへる時

注釈は不要でしょうが、「自分と妻と三人の子─家族五人が、風邪ひとつひかず、元気でいられることほど、ありがたく、たのしいことはない」というのです。

貧しい文人の暮らしながら─それゆえにこそ─むつみ合う家族の情景や日々の小さな喜びを詠んだ『独楽吟』には、人生の幸せとは何かを教えてくれる、心にしみる歌が52首、並んでいます。

たのしみは 妻子(めこ)むつまじく うちつどひ 頭(かしら)ならべて 物をくふ時

たのしみは まれに魚(うお)煮て 児等皆(こらみな)が うましうましと いひて食ふ時

たのしみは 三人(みたり)の児ども すくすくと 大きくなれる 姿みる時

ああ、ほんとうにそうだと思います。

そこに歌われているのは、人として最も大切なもの、幸福というものの原点で、つまりそれは家族の絆にほかなりません。

そのかけがえのない絆を失った多くの人びとを支えるもの、元気づけるもの、再生の意欲をもたらすもの、それもまた、人びとの心の絆にほかならないと思うのです。

テレビの画面に現れる訴え「つながろう日本! 絆」を見るたびに、人が生きていくうえで最も大切なもの、それが「絆」であると、強く教えられました。

ギリシャ神話の「パンドラの函」の底に一つだけ残った「希望」のように、いま日本人の心をつなぐひとつの言葉が「絆」なのだと、胸底に刻みつけました。

そして、ある日の新聞で感動的な詩に出会いました。

『言葉』と題された谷川俊太郎さんの詩です。

一部を引用させてもらいます。

何もかも失って

言葉まで失ったが

言葉は壊れなかった

流されなかった

ひとりひとりの心の底で

言葉は発芽する

瓦礫(がれき)の下の大地から

──略──

言い古された言葉が

苦しみゆえに甦(よみがえ)る

哀しみゆえに深まる

   

言葉の無力さを思い知らされたあと、私は、ふたたび言葉の力を知ることができました。

じつは大震災に関連して、私の身上にもひとつの変事が生じ、あれこれ思い悩むことがあったのですが、いまは一歩、一歩、前へ歩いていこう。

そう強く思い決めています。

いつもとは異質の「養生訓」になりました。おゆるしください。

(株)心美寿有夢のPR誌『絆』31号=2011年7月発行=より再録>


東日本大震災の都道府県別死者・行方不明者数

直接死 1万5894人

北海道 1人

青森県 3人

岩手県 4673人

宮城県 9541人

山形県 2人

福島県 1613人

茨城県 24人

栃木県 4人

群馬県 1人

千葉県 21人

東京都 7人

神奈川県 4人

震災関連死 3407人

岩手県 455人

宮城県 918人

山形県 2人

福島県 1979人

茨城県 41人

千葉県 4人

東京都 1人

神奈川県 3人

長野県 3人

直接死+震災関連死=1万9301人


行方不明者 2562人

青森県 1人

岩手県 1124人

宮城県 1237人

福島県 197人

栃木県 1人

千葉県 2人


身元がわからない遺体

岩手県 59体

宮城県 16体


避難者 17万4471人

仮設住宅入居者 5万7677人

死者・行方不明者(3月10日現在)は警察庁、震災関連死(2015年9月末現在)、避難者(2月12日現在)は復興庁、仮設住宅(2月末現在)全国人数は岩手・宮城・福島3県の合計。

─2016年3月11日 毎日新聞朝刊と、別刷り版「東日本大震災5年 あの時、そして今」による。


むらぎも            本田一弘

3・11(さんてんいちいち)と言はないみちのくに三月十一日(さんがつじふいぢにち)の雪(ゆき)降る

もう五年いやまだ五年 五年といふ時間の重き雪が積もりぬ

直接死一六〇四、関連死二〇二四、死者の群肝(むらぎも)


みちのく           照井 翠

春の底磔(はりつけ)のまま漂流す

流されて流れ着かざる春の海

大切のしら骨のもう海のもの

三・一一みちのく今も穢土(えど)辺土

─2016年3月8日 朝日新聞(夕刊)=「5年の思い」より─
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

よく眠ろうモチ腹・異論/反論 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。