モチ腹・異論/反論 [「ヘルシーエッセイ」再録]
「One's Life」という健康総合ニュースサイトの片隅の小さな欄に毎週1本、「健康常識ウソホント」というタイトルの拙文を寄稿している。
そこへさらに「ヘルシーエッセイ」なる短文を追加することになった。
だが、こちらは30年以上も前に書いたもので、その旧稿の再利用である。
同サイトの「特集」という項目を開いて、さらにそのなかの「コラム」という項目を開いていただくと、出てきます。
なんだかずいぶん無精なことをしますが、それをさらにここへ再々録させてもらいます。
ヘルシーエッセイ(1)
モチ腹・異論/反論
明治のころ、東京帝国大学文学部でB・H・チェンバレンという名のイギリス人が、言語学と和文学を教えていた。
外国人が、日本の最高学府で、国語学を教えていたのである。
こういう例は後にも先にもない。
若き日の金田一京助も、チェンバレンの東洋比較言語学の講義を聴き、アイヌ語研究の第一歩を踏み出したのである。
このチェンバレンの著書『日本事物志』のなかに、次のようなくだりがある。
「正月の三日間、人びとは雑煮と呼ばれるシチューを食べる。
東京ではこのシチューにモチと青物がはいっており、魚の肉汁で煮たものである。
モチは新年に必ず用いられる食品で、日本人は非常にこれを好む。
食うと恐ろしくねばり気があって、不出来な重くるしいパンを思わせるが、薄く切ったのを火であぶり、焦がした豆の粉と、少量の砂糖とをふりかけて食うとうまい」
ま、専門の比較言語学のようなわけにはいかないのは当然として、これはこれでけっこうおもしろい比較食品学になってはいるようだ。
なるほど、雑煮も、モチも、それを初めて見た外国人の眼には、そのようないささか奇異なものに映ったにちがいない。
というところで、モチの話――。
当節は、モチもほかの食品と同じように年中珍しくもなんともない食い物になっているが、正月ともなればやはりモチの本格的出番という感じで、赤ん坊と、親の遺言でモチ断ちをしている人を除いては、日本人で正月にモチを食わない人はいないだろう。
食ってみると、モチというのは案外うまいものだし、あのように米をていねいにすりつぶして、かさが小さくなっているため腹に入りやすい。
すなわち、ユダンすると、モチはつい食いすぎてしまうことになり、挙句、いつまでも腹にもたれて、夜の酒がうまくない。
俗に「餅腹三日」といわれるようにモチは腹もちがよく、腹がすかない。
これはどういうわけでしょうと、さる漢方の先生にたずねてみたら、
「餅は消化の悪い食物だからです」と意外な答えであった。
『食品成分表』を見ると、モチ100㌘(市販の切りモチ2コ分)当たりの成分は、エネルギー235キロカロリー、水分44・5㌘、たんぱく質4・2㌘、脂肪0・8㌘、炭水化物(でんぷん)50・3㌘……などとなっている。
つまり、モチはその大部分がでんぷんと水分で、栄養的にはじつに偏った食品である。
なのに、なぜ、腹もちがいいのか。
これはまだ充分解明されてはいないのだが、糖尿病の人がモチを食べると病状が悪化しやすいところをみると、モチには糖質(でんぷん)が多く含まれているというだけではなしに、なにか糖質の代謝を妨げるような働きがあるのではないだろうか。
この漢方の先生のコメントについてのコメントを、食品栄養学の先生に求めたところ、とんでもない、モチはむしろ消化のいい食物なのだ、という答えが返ってきた。
ある大学で行った消化実験によれば、白米のめしに含まれるでんぷんの消化率は99・2%で、モチに含まれるでんぷんの消化率は99・9%だった。
にもかかわらず、モチがめしよりも胃にもたれる(つまり、腹もちがいい)のは、モチとめしに含まれる水分の差が最大の原因である。
モチ100㌘中の水分は44・5㌘だが、白米めし100㌘中には65㌘の水分が含まれていて、実に20㌘の差がある。
だから、仮にモチとめしを同じ量だけ食べると、めしには水分が多いから、摂取されるでんぷんの量はモチのほうが多くなり、当然、腹もちがよくなる。
ためにモチは消化が悪いという誤解が生じた、と食品学の先生はおっしゃった。
ともあれ、モチは、たとえば、きな粉をつけてアベカワにすれば、ダイズのたんぱく質と脂肪が加わり、栄養のバランスがとれるし、また、ダイコンおろしと一緒に食べれば、ダイコンの消化酵素の働きで胃のもたれが防げるし、ビタミンCの補給にもなる――と、これは両先生一致のアドバイスだった。
そこへさらに「ヘルシーエッセイ」なる短文を追加することになった。
だが、こちらは30年以上も前に書いたもので、その旧稿の再利用である。
同サイトの「特集」という項目を開いて、さらにそのなかの「コラム」という項目を開いていただくと、出てきます。
なんだかずいぶん無精なことをしますが、それをさらにここへ再々録させてもらいます。
ヘルシーエッセイ(1)
モチ腹・異論/反論
明治のころ、東京帝国大学文学部でB・H・チェンバレンという名のイギリス人が、言語学と和文学を教えていた。
外国人が、日本の最高学府で、国語学を教えていたのである。
こういう例は後にも先にもない。
若き日の金田一京助も、チェンバレンの東洋比較言語学の講義を聴き、アイヌ語研究の第一歩を踏み出したのである。
このチェンバレンの著書『日本事物志』のなかに、次のようなくだりがある。
「正月の三日間、人びとは雑煮と呼ばれるシチューを食べる。
東京ではこのシチューにモチと青物がはいっており、魚の肉汁で煮たものである。
モチは新年に必ず用いられる食品で、日本人は非常にこれを好む。
食うと恐ろしくねばり気があって、不出来な重くるしいパンを思わせるが、薄く切ったのを火であぶり、焦がした豆の粉と、少量の砂糖とをふりかけて食うとうまい」
ま、専門の比較言語学のようなわけにはいかないのは当然として、これはこれでけっこうおもしろい比較食品学になってはいるようだ。
なるほど、雑煮も、モチも、それを初めて見た外国人の眼には、そのようないささか奇異なものに映ったにちがいない。
というところで、モチの話――。
当節は、モチもほかの食品と同じように年中珍しくもなんともない食い物になっているが、正月ともなればやはりモチの本格的出番という感じで、赤ん坊と、親の遺言でモチ断ちをしている人を除いては、日本人で正月にモチを食わない人はいないだろう。
食ってみると、モチというのは案外うまいものだし、あのように米をていねいにすりつぶして、かさが小さくなっているため腹に入りやすい。
すなわち、ユダンすると、モチはつい食いすぎてしまうことになり、挙句、いつまでも腹にもたれて、夜の酒がうまくない。
俗に「餅腹三日」といわれるようにモチは腹もちがよく、腹がすかない。
これはどういうわけでしょうと、さる漢方の先生にたずねてみたら、
「餅は消化の悪い食物だからです」と意外な答えであった。
『食品成分表』を見ると、モチ100㌘(市販の切りモチ2コ分)当たりの成分は、エネルギー235キロカロリー、水分44・5㌘、たんぱく質4・2㌘、脂肪0・8㌘、炭水化物(でんぷん)50・3㌘……などとなっている。
つまり、モチはその大部分がでんぷんと水分で、栄養的にはじつに偏った食品である。
なのに、なぜ、腹もちがいいのか。
これはまだ充分解明されてはいないのだが、糖尿病の人がモチを食べると病状が悪化しやすいところをみると、モチには糖質(でんぷん)が多く含まれているというだけではなしに、なにか糖質の代謝を妨げるような働きがあるのではないだろうか。
この漢方の先生のコメントについてのコメントを、食品栄養学の先生に求めたところ、とんでもない、モチはむしろ消化のいい食物なのだ、という答えが返ってきた。
ある大学で行った消化実験によれば、白米のめしに含まれるでんぷんの消化率は99・2%で、モチに含まれるでんぷんの消化率は99・9%だった。
にもかかわらず、モチがめしよりも胃にもたれる(つまり、腹もちがいい)のは、モチとめしに含まれる水分の差が最大の原因である。
モチ100㌘中の水分は44・5㌘だが、白米めし100㌘中には65㌘の水分が含まれていて、実に20㌘の差がある。
だから、仮にモチとめしを同じ量だけ食べると、めしには水分が多いから、摂取されるでんぷんの量はモチのほうが多くなり、当然、腹もちがよくなる。
ためにモチは消化が悪いという誤解が生じた、と食品学の先生はおっしゃった。
ともあれ、モチは、たとえば、きな粉をつけてアベカワにすれば、ダイズのたんぱく質と脂肪が加わり、栄養のバランスがとれるし、また、ダイコンおろしと一緒に食べれば、ダイコンの消化酵素の働きで胃のもたれが防げるし、ビタミンCの補給にもなる――と、これは両先生一致のアドバイスだった。
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