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私はボネリアになりたい  [「ヘルシーエッセイ」再録]

「One's Life」という健康総合ニュースサイトの片隅の小さな欄に毎週1本、「健康常識ウソホント」というタイトルの拙文を寄稿している。
そこへさらに「ヘルシーエッセイ」なる短文を追加することになった。
だが、こちらは30年以上も前に書いた旧稿の再利用である。
なんだかずいぶん無精なことをしますが、それをさらにここへ再々録させてもらいます。

ヘルシーエッセイ( 17)

私はボネリアになりたい 

しばらく音信のなかった若い友人からハガキをもらった。

「あっ!けっこん しちゃった」。

新聞の見出しのような横書きの大きな文字の下に、どちらもカタカタ名前の職業(たとえばデザイナーとコピーライター)をもっているような感じの青年とギャルが、こちら向きにニッコリ笑った切り抜き写真が印刷されてある。

「あっ!けっこん しちゃった」というのは、そんないかにも当世風のカップルに似つかわしい、しゃれた結婚通知だと思った。

当世風といったが、昨今流行の形式偏重のゲンシュクでコッケイな結婚式に対しては、この結婚通知の発信人たちの意識はむしろ反当世風であるといえる。

そういった「両性の合意にのみ基づく」結婚観もおのずと表れている、これはコピーとして、“コンセプト”のしっかりとした巧いコピーだと思う。

そのうち、「あれッ! りこん しちゃった」てなことにならないように、余計なお世話だろうが、キボウしておきたい。

ところで、話は変わるが、小生が年来ときにふとうらやましく思うことのある夫婦生活に、ボネリアという海産動物のそれがある。

ボネリアは、環形動物イムシ類に属し、日本名をボネリ虫という。梅干ほどの体を海底の泥の中に埋めて、細長い吻を海中にのばし養分をとっている。

といっても、それはボネリアのメスの姿であって、オスはいつもメスの吻の先端に近い咽頭の内面にシラミのようにすがりついている。体長わずか1㍉の顕微鏡的存在にすぎない。

このボネリアは、もともと、生まれたばかりの幼虫時代には性の区別はない。

その中性の幼虫が、海水の中をさまよっているときに、母虫あるいは他のメス虫の吻にとりつくと、その後の成育がさまたげられてオスになる。

一方、世の荒波にもまれながらも自立心を失わず、海底に穴をうがってマイホームをこさえたものが成長してメスになる。

小生がうらやましく思うのは、むろん、ボネリアのオスのほうである。

プランクトンの一種で甲殻類に属するコペポーダやイソポーダのオスは、自分の配偶者であるメスの性器のなかに寄生し、その分泌物で養われている。

これもちょっとわるくないと思う。

自然界にはまだいろいろと羨望の念をそそられる生きものがあって、生まれながらに一戸建住宅の持ち主であるカタツムリもそのひとつであるが、この住宅難知らずの腹足類が雌雄同体であるのもよく知られていることである。

カタツムリは、同じ体の中に卵巣と精巣をもっていて、(別の相手との)交尾によってたがいに精子を交換し、生殖を営む。

ミミズもまた同じしくみの雌雄同体である。

つまり、ミミズだのカタツムリだのにおいては、「女はソンだわ」とか、「男はつらいよ」といった台詞は通用しないわけである。

そうかと思うと、ある種のベラでは10㌢くらいまでの赤色のものがメスで、それより大きい15㌢もある、そして青色のものはみなオスである。

ところが、このメスの赤べらは、1度妊娠して産卵すると、卵巣が退化して精巣に変化してくる。

同時に背の色も赤から青に変わって、体も一回り大きくなる。

すなわちベラの一生は、子ども―メス―オスと、成長の順序がきちんときまっている。

いいかえると、男性優位の序列がゆるぎなく確立されている。

これもたいへん合理的ではないか。

また、カキのなかのある種類のものは、栄養状態によって性の転換が行われる。

栄養がよくて受胎可能なときはメスであり、受胎し、産卵する。

産卵が終わると、栄養状態は極度にわるくなり、このとき、カキはオスに変化する。

栄養不良のオスのカキはせっせと栄養をとる。

だんだん肥えて体調がよくなってくると、またメスに変わって受胎する。

つまり、この種のカキの一生は、苦難のあとには必ず安楽が約束されているのである。

何の因果か、独り、人間のオスだけが生涯不当な苦難を負いつづけねばならない。

しかし、「けっこんしちゃった」のならもう仕方がない。頑張るしかないだろう。
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