胃がん手術の名医は夢追い人だった [雑感小文]
「ハゲに胃がんなし」の真偽を確かめる研究を、若い医局員に勧めた、脇坂順一・久留米大教授(当時)は胃がん手術の名医だった。
長年、胃がん患者を診てきた印象が、示唆のヒントになったらしい。
高齢登山家としても知られた脇坂先生は、1961年、48歳のときスイス・メンヒ山で海外峰初登頂。
以来、世界各国の山に挑み続けて、1993年、80歳にしてアルプスの最高峰・モンブランをきわめ、海外150登頂を果たした。
その折の新聞には「80歳はまだ現役」とあり、毎朝6時半起床、足踏み300回、鉄アレイ60回、冷水摩擦、ひざの屈伸400回、腕立て伏せ170回をこなす独自の鍛錬と、大豆を主食とする高たんぱく・低カロリーの食生活に徹し、
「精進の積み重ねで、たいていの夢はかなう」と話している。
98年、85歳で海外200登山を達成。
90歳での250回を目標とし、2000年8月で243回になったが、03年3月、夢追い人89年の生涯を閉じた。
肺炎だった。
漫画「サザエさん」のファンだったという。
長年、胃がん患者を診てきた印象が、示唆のヒントになったらしい。
高齢登山家としても知られた脇坂先生は、1961年、48歳のときスイス・メンヒ山で海外峰初登頂。
以来、世界各国の山に挑み続けて、1993年、80歳にしてアルプスの最高峰・モンブランをきわめ、海外150登頂を果たした。
その折の新聞には「80歳はまだ現役」とあり、毎朝6時半起床、足踏み300回、鉄アレイ60回、冷水摩擦、ひざの屈伸400回、腕立て伏せ170回をこなす独自の鍛錬と、大豆を主食とする高たんぱく・低カロリーの食生活に徹し、
「精進の積み重ねで、たいていの夢はかなう」と話している。
98年、85歳で海外200登山を達成。
90歳での250回を目標とし、2000年8月で243回になったが、03年3月、夢追い人89年の生涯を閉じた。
肺炎だった。
漫画「サザエさん」のファンだったという。
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