SSブログ

脳梗塞の原因、新概念 [医療小文]

 新規の概念atrial cardiopathyが登場
 橋本 洋一郎(熊本市民病院神経内科 日本脳卒中学会理事)

 脳梗塞の3分の1は原因不明であり、潜因性脳梗塞と呼ばれている。

 潜因性脳梗塞の多くは塞栓性と考えられ、その原因として無症候性心房細動が示唆されているが、脳梗塞発症後3年以内に心房細動が見つかるのは3分の1未満である。

 心房細動が発生する前にatrial cardiopathyが存在し、それが血栓塞栓症を引き起こす可能性があることを示唆する新たな証拠が出てきている。

 Atrial cardiopathyは異常心房基質(abnormal atrial substrate)を有し、左房心内膜の異常から左房内血栓を来しやすくなる病態を指す。

 Cardiovascular Health Study(CHS)では、atrial cardiopathyの幾つかのマーカーと虚血性脳卒中のリスクについて検討が行われた(Stroke 2018; 49: 980-986)。

 研究のポイント:いくつかのatrial cardiopathyのマーカーが脳梗塞リスクと有意に関連

 CHSでは、地域に居住する65歳以上の成人を前向きに登録。脳卒中や心房細動歴がある症例は除外した。

 Atrial cardiopathyのマーカーとして、偶然に発見された心房細動(最初の10年は毎年12誘導心電図検査を行い、外来や入院のメディケアデータから確認されたものを含む)とともに、ベースラインの心電図V1誘導のP-wave terminal force(PTFV1、心電図V1誘導でのP波の終末部の下方偏向)、心エコーでの左房径、N末端プロB 型ナトリウム利尿ペプチド(NT-proBNP)を検討した。

 主要評価項目は虚血性脳卒中の発症とした。

 ベースラインで脳卒中や心房細動がなく、全てのatrial cardiopathyに関するマーカーのデータが得られた3,723例を、中央値で12.9年追跡した。その結果、585例(15.7%)が虚血性脳卒中を発症した。

 虚血性脳卒中発症と有意に関連したのは、PTFV1〔PTFV1が1000μV*ms 増加した場合のハザード比(HR)1.04、95%CI1.03~1.16〕、対数変換したNT-proBNP(NT-proBNPが倍増した場合のHR1.09、同CI1.03~1.16)、偶然に発見された心房細動(HR2.04、 同1.67~2.48)であったが、左房径は有意ではなかった(左房径が1cm拡張した場合のHR0.96、同0.84~1.10)。

 臨床的に明らかな心房細動に加えて、異常心房基質のマーカーはその後の虚血性脳卒中発症と関連している。この結果は、左房内血栓に起因する血栓塞栓症の原因となる心房疾患は心房細動以外に複数存在する可能性があるという仮説と整合性がある。

 私の考察:新規概念に基づき、脳梗塞の初発・再発予防の再考が必要

 脳梗塞をTOAST分類(ラクナ梗塞、アテローム血栓性脳梗塞、心原性脳塞栓症、その他の原因の脳梗塞、潜因性脳梗塞)で分けると、約3分の1が潜因性脳梗塞(原因不明の脳梗塞)に分類される(Stroke 1993; 24: 35-41)。

 TOAST分類では塞栓源として表に示すような心疾患を提示している。既存の方法による塞栓源の探索は限界に達している。

 心房細動は全身性血管危険因子のマーカー1つのであり、これまで心臓のリズム(心房細動は左房機能不全のマーカー)だけが強調されてきたが、atrial cardiopathyを示唆する別のバイオマーカーに注目すべき時代となってきている。

 今回の論文の著者Kamelらは、2016年に血栓塞栓性脳梗塞のモデルを提唱している。

 その他のマーカーとしてNT-proBNP、心電図でのPTFV1、心エコーでの左房拡大などが注目されている。

 心房細動を含めたこれらのマーカーは、高齢者、高血圧、脂質異常症、冠動脈疾患を合併する頻度が高いが、卵円孔開存症の合併は少ない。本研究では虚血性脳卒中発症と有意に関連したのは、PTFV1、NT-proBNP、偶然に発見された心房細動であったが、左房径は有意ではなかった。

 以前、熊本市民病院在籍していた伊藤康幸氏(国保水俣市立総合医療センター神経内科部長)のデータによると、当院に2011年3月~14年9月に入院した脳梗塞および一過性脳虚血発作(TIA)患者 898例の内訳は、TIA11.3%、ラクナ梗塞12.3%、アテローム血栓性脳梗塞20.5%、心原性脳塞栓症24.1%、その他の原因による脳梗塞13.6%、潜因性脳梗塞18.4%であった。

 潜因性脳梗塞のほとんどが塞栓源不明脳塞栓症 (ESUS:embolic stroke of undetermined source)であった。226例(25.0%)で心房細動が確認されたが、潜因性脳梗塞が18.4%存在し、この中に心房細動がまだ隠れているのであろうと考えていた。

 心房細動の発見時期については、脳梗塞/TIAの発症前に分かっていたものが148例(65.5%)、発症後の入院中に発見できたものが78例(34.5%)であった。

 過去の報告でも、心房細動と脳梗塞を併発した患者の3分の1は、脳梗塞を発症するまで心房細動が明らかになっていない(Stroke 2016; 47: 895-900、Circulation 2014; 129: 2094-2099)。

 そのため、潜因性脳梗塞(そのほとんどがESUS)の原因を徹底的に検索しても不明なまま、チームで検討した上で抗血小板薬あるいは抗凝固薬のどちらかを投与し、退院や転院せざるをえない症例が多いのが現状である。

 近年、脳卒中発症前に分かっている心房細動(cardiogenic AF)と、脳卒中発症後に見つかる心房細動(atrial fibrillation detected after stroke and TIA:AFDAS、neurogenic AF)は異なるとの考えが提唱されている(Curr Opin Neurol 2017; 30: 28-37)。

 前述の通り、脳梗塞が心房細動を引き起こすこともあるという考え方である。

 脳梗塞後の初期の心臓モニタリングでは、70%以上で入院3日目に心房細動が診断されている(Stroke 2016; 47: 895-900)。

 AFDASを伴った患者で発作性に起こる心房細動の95%以上は、持続時間が30秒未満である。

 当然、無症候性心房細動が多くを占めている。

 また潜因性脳梗塞では長期の心電図モニタリングでも心房細動は3年間で3分の1でしか見つからない。

 心房細動患者の脳梗塞リスクを層別化するためにCHADS2スコアが登場したが、心房細動が存在すれば必ず脳梗塞を来すわけではない。

 もちろん、心房細動以外のバイオマーカーが存在しても脳梗塞が必発するわけではない。

 これらのマーカーが存在した場合でもCHADS2スコアが高値の潜因性脳梗塞、特にESUSでは抗凝固薬が必要かもしれない。

 現時点でESUSには直接経口抗凝固薬(DOAC)は使えないのでワルファリンしか選択肢かないが、ESUSに対するDOACの効果を検討する臨床試験でアスピリンに対する優越性が示されれば使用可能になる。

 高齢者の原因不明の脳梗塞では、心房細動やがんの探索などを積極的に行ってきたが、脳梗塞の2〜3割は原因不明という状況を打破するためには、"atrial cardiopathy"という新たな概念を取り入れて、脳梗塞の発症予防や再発予防を再考する時期に来ているのかもしれない。

 心房内に血栓ができやすい病態であるatrial cardiopathyや異常心房基質を簡便に検出できるマーカーが開発されることに期待したい。

「Medical Tribune」2018年05月16日
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:健康

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。