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糖尿病腎症の治療が変わる [医療小文]

変わる糖尿病腎症の概念、治療も変わる?
山田 悟 北里研究所病院糖尿病センター長。

 研究の背景:蛋白尿陰性で腎不全に至る糖尿病の存在がクローズアップ 

 私が学生の頃、糖尿病腎症とは、

 ①無徴候(あるいは糸球体過剰濾過)

 ②アルブミン尿

 ③蛋白尿

 ④腎不全

 ⑤透析―という進展段階をたどるとされていた。

 しかし世界的には、最近その概念が大きく変わりつつある。

 実際、2015年までdiabetic nephropathy(直訳すれば糖尿病糸球体症)という用語を用いていた米国糖尿病学会(ADA)は、2016年以降はdiabetic kidney disease〔直訳すれば糖尿病腎臓病。最近、糖尿病性腎臓病(DKD)の訳語が定着〕と用語を変更し、糖尿病に関連する腎臓病の重要な部分は糸球体の変化にあるが、腎臓全体の変化に目を向けなければならないとしている。

 すなわち、蛋白尿が陰性でも腎不全→透析に至る糖尿病患者の存在を認識しなくてはならないのである。

 このような患者は、レニン・アンジオテンシン系阻害薬の普及と降圧管理の厳格化により、一度生じた蛋白尿が陰性化しているだけで、本来の典型的なnephropathy(糸球体症)の進展段階を経て、腎不全・透析になっている症例を見ているだけなのかもしれない。

 しかし、アルブミン尿や蛋白尿といった糸球体の問題を生じずに尿細管の障害などから腎不全・透析になっている患者の存在を否定できないし、そもそもアルブミン尿が陰性であるというだけでは、腎不全への進展を予防し切れるわけではないのである。

 こうした中、糖尿病における推算糸球体濾過量(eGFR)の自然史を見て、その危険因子の同定を試みたコホート研究の結果がADAの機関誌Diabetes Care(2018年6月1日オンライン版)に報告された。

 大変に興味深く、ご紹介したい。

 研究のポイント1:ARIC研究の1万5,517人でeGFRの自然経過を観察

 本研究は、米国で実施されているAtherosclerosis Risk In Communities(ARIC)研究の一環として行われたものである。

 ARICはその名の通り、アテローム性動脈硬化の危険因子を検討するコホート研究であり、30年に近い歴史を持っている。

 今回は、第1回訪問(1987~89年)から第5回訪問(2011~13年)での採血のうち、第3回訪問を除いてなされた血中クレアチニン(Cr)の測定結果を用いることとした。

 コホート全体1万5,792人のうち、ベースラインのeGFRが15mL/分/1.73m2未満であったり、eGFRのデータがなかったりするなどの理由で一部を除外し、1万5,517人を解析の対象とした。

 また、第1回訪問における耐糖能により、①非糖尿病②未診断糖尿病③診断済み糖尿病―の3群に分け、各群におけるeGFRの経年変化を追った。

 3群の特徴は表1のようなもので、糖尿病の2群には、非糖尿病群に比較して、やや高齢、高血圧や冠動脈疾患既往がある、BMIが大きい、HDL-Cが低い、世帯収入が低い、学歴が低い、といった特徴が見られた。

 研究のポイント2:糖尿病患者のeGFR低下速度は非糖尿病より速かった

 eGFRの経年変化を見ると、糖尿病の有無にかかわわらず低下していた。

 しかし、糖尿病の状態によってその低下速度は異なり、さまざまな因子※で調整後の1年当たりの数値としては、非糖尿病群-1.4mL/分/1.73m2、未診断糖尿病群-1.8mL/分/1.73m2、診断済み糖尿病群-2.5mL/分/1.73m2であった。

 各群での低下速度の10パーセンタイル、25パ―センタイル、50パーセンタイル(中央値)、75パーセンタイル、90パーセンタイル値を調べた。

 診断済み糖尿病群において、より速くeGFRを低下させる因子を検討したところ、6因子が統計学的に見いだされた。

 それを各種因子※で調整したところ、右側の6因子となった。なお、Apolipoprotein L1(APOL1)遺伝子は黒人において慢性腎臓病(CKD)の発症リスクに関わることが以前から指摘されている。

 私の考察:糸球体症であれ腎臓病であれ、なすべき治療は変わらない

 今回の研究では、共変数として取り上げられていないものとして以下の2つが挙げられる。

 このことこそ、この10年での糖尿病による腎臓合併症(=DKD)の理解の変化を物語っていると思う。

 その1つが、蛋白尿、アルブミン尿である。

 実は、ARIC研究においては、10年前にCKDの発症(eGFR<60mL/分/1.73m2)に対して、アルブミン尿や網膜症の有無にかかわらず、HbA1cが関与していることが示されていた。

 だからこそ、今回の検討では共変数にしなかったのであろう。

 そしてもう1つ、取り上げられなかったのが、蛋白質摂取量である。

 実は、これについてもARIC研究では2017年に蛋白質摂取量の多寡がeGFRの変化にかかわっていないことを報告している。

 さればこそ、今回の検討においてやはり共変数にしなかったのであろう。

 先ごろ刊行された『エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018』では2つのメタ解析を理由に蛋白質摂取制限を推奨している。

 しかし、蛋白質摂取制限の有効性に否定的であったPanらのメタ解析をなぜ採用しなかったのかについて記載はない。

 また、有名なMDRD試験において示された極端な蛋白質摂取制限による死亡率上昇の懸念についても注意喚起がない。

 今後の真摯なる批判的吟味が必要な領域といえよう。

 一方、今回の検討においても、修飾可能なeGFR低下の危険因子として見いだされたのは、血圧管理、血糖管理、喫煙の3項目であった(人種や遺伝子多型は変更不可能な因子であり、糖尿病治療薬は過去の血糖管理の状況の悪さの反映と思われる)。

 よって、糖尿病による腎臓合併症の理解が変化しようとも、われわれが日常臨床でなすべき治療は変わらないようである。

 なお、日本人糖尿病50人および日本人腎硬化症50人での、eGFRとアルブミン尿の末期腎不全(透析・移植)に至るまでの推移を示した日本大学のデータでは、やはり糖尿病ではアルブミン尿の方が先行しやすいことが示されている。

 ①無徴候(あるいは糸球体過剰濾過)②アルブミン尿③蛋白尿④腎不全⑤透析―という進展段階の理解は、少なくともわが国においてはなお成立する。

 わが国における糖尿病腎症の病期分類や腎症に対する理解は、なお変更せずとも大丈夫なのかもしれない。

 ※この研究においては共変数として以下の項目が検討された
自己申告:年齢、性、人種、冠動脈疾患の既往、喫煙状況、世帯収入、学歴、高血圧治療薬の有無、糖尿病治療薬の有無

 診察室測定:身長、体重、血圧

 採血指標:APOL1遺伝子多型、HbA1c、1,5-AG

「MedicalTribune 」2018年06月28日 による。

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