「糖化ストレス」を防ごう! [医療小文]
認知症、がんのリスクを上げる「糖化ストレス」とは
米井嘉一 / 同志社大学教授
老化を促進する危険因子
糖尿病の発症や進展、皮膚の老化、がんや認知症の発症リスクの上昇など、体にさまざまな悪影響を及ぼす危険因子があります。
それが「糖化ストレス」です。
糖化ストレスの原因と、糖化ストレスが体に与える影響についてお話しします。
糖化ストレスの三つの原因
糖化ストレスとは「血中の糖や脂肪、有害物質であるアルデヒドの値が高い状態」です。
糖化ストレスの原因は、
▽食後に血糖値が急上昇(160mg/dL以上)する「血糖スパイク」
▽脂質代謝異常(中性脂肪高値、LDLコレステロール高値)
▽過剰な飲酒--の三つです。
これらによって作り出されるのが有害物質のアルデヒドです。
アルデヒドはさまざまな種類がありますが、どれも反応性が高く、体のたんぱく質、脂質、遺伝子の性質に異常な変化を与えてしまうのです。
血糖スパイクが多種のアルデヒドを生成
空腹時の血糖値は正常なのに、食後に急激に血糖値が上昇する人がいます。
これが血糖スパイクです。
血糖値は血液中のグルコース(ブドウ糖)の濃度です。
通常グルコースは輪のような形(環状)をしているのですが、0.002%は輪が開いた形(開環型)になります。
すると、アルデヒド基(-CHO)が露出して有害物質のアルデヒドになります。
つまり、血液中のグルコースの量が多ければ多いほど、アルデヒドの量も多くなるわけです。
さらに、血糖スパイクは開環型のグルコースから多種のアルデヒドを連鎖的に生成する反応を引き起こします。私はこれを「アルデヒドスパーク」と名付けました。
脂質代謝異常で正常に代謝されない脂質からもアルデヒドが作られます。
飲酒に注意が必要なタイプは
お酒を飲むと、アルコールが代謝されてアルデヒドの一種「アセトアルデヒド」が作られます。
アセトアルデヒドは、アセトアルデヒド脱水素酵素によって代謝されます。
しかし、この酵素の活性の強さは人によって異なり、酵素活性が強い人、弱い人、ほとんどない人の3タイプに分けられます。
酵素活性がほとんどない人はお酒は飲めません。
最も気をつけないといけないのは酵素活性が弱い人です。
このタイプの人は飲酒後に顔が赤くなり、心臓がドキドキしたり気分が悪くなったりするのが特徴です。
アルデヒドが血中に長時間残って害を受けやすいタイプの人ですから、飲み過ぎには特に注意してください。
損なわれるDNA修復機能
アルデヒドは細胞の分裂・増殖に重要な役割を果たすDNAに傷を付けます。
DNAには傷がついたときにがん化しやすい領域が存在します。
アルデヒドの量が多いとDNAのあちこちに傷が生じ、その領域を傷つける確率が高まります。
また、DNAの傷を修復する酵素たんぱく(DNA修復酵素)もアルデヒドによって異常な変化を起こします。
ですから、糖化ストレスによりDNA修復の機能が大きく低下してしまいます。
このことも、糖化ストレスによってがんの発症リスクが上昇する理由の一つです。
アルデヒドが作り出すAGEs
アルデヒドが体内のたんぱく質と反応してできるのが、強い毒性があり老化を進める終末糖化産物(AGEs)です。
AGEsが細胞のRAGEという鍵穴(受容体)に結合すると、炎症を起こすスイッチが入ります。
また、AGEsがスカベンジャー受容体という鍵穴に結合すると、AGEsは細胞内に取り込まれ、ジワジワと細胞を壊していくのです。
皮膚の老化の原因にもなる
糖化ストレスは皮膚の老化とも深い関係があります。
シミの原因になるメラニン色素を産生するのは、皮膚の色素細胞です。
AGEsは色素細胞を刺激してメラニン色素の産生を増やします。
皮膚は、表皮、真皮、皮下組織の3層でできています。
弾力のある「もちもちとした肌」は、真皮を構成するたんぱく質のコラーゲンやエラスチンがしっかりとした支えになることで保たれます。
ですから、糖化ストレスでコラーゲンやエラスチンが異常な変化を起こしてしまうと、皮膚の弾力性が失われて“たるみ”が生じます。
皮膚科の医師が「皮膚の老化の7割は(太陽光の紫外線による)『光老化』が原因です」と言っているのを聞いたことがあります。
残り3割は糖化ストレスが原因ということだと思います。
ただ私は、もっと多く、皮膚の老化原因の4割ぐらいが糖化ストレスだと考えています。
コグニも糖化ストレスが関係か
認知症(コグニ)のアルツハイマー病の患者は、脳内にアミロイドβというたんぱく質が蓄積しています。
実は、70歳を超えた多くの人の脳内にはアミロイドβがたまっています。
しかし、皆がコグニになるわけではありません。
アルツハイマー病発症のメカニズムは解明途上ですが、糖化ストレスによってアミロイドβの毒性が増すことが原因との説もあります。
毒性を増したアミロイドβによって脳細胞が炎症を起こし、多くの脳細胞が死に、コグニの症状が進行するというわけです。
また、糖尿病は糖化ストレスが強い代表疾患ですが、糖尿病患者はコグニの発症リスクが2~4倍に増えるといわれています。
糖化ストレスを防ぐことが重要
いかがでしょうか。糖化ストレスによって生じるアルデヒドが、さまざまなトラブルを起こすことが分かってもらえたと思います。
糖化ストレスを防ぐことは、健康に過ごすために非常に重要です。
糖化ストレスをきちんと評価し、しっかりと対策を取らなくてはいけません。
× × ×
注:認知症は認知機能の障害です。
認知機能は英語でコグニティブファンクションと言うので、私は認知症のことを「コグニ」と呼ぶことにしています。
「コグニ」だとなんだか弱そうで、やっつけられそうな気がするからです。
2018年5月23日 毎日新聞「医療プレミアム」
米井嘉一 / 同志社大学教授
老化を促進する危険因子
糖尿病の発症や進展、皮膚の老化、がんや認知症の発症リスクの上昇など、体にさまざまな悪影響を及ぼす危険因子があります。
それが「糖化ストレス」です。
糖化ストレスの原因と、糖化ストレスが体に与える影響についてお話しします。
糖化ストレスの三つの原因
糖化ストレスとは「血中の糖や脂肪、有害物質であるアルデヒドの値が高い状態」です。
糖化ストレスの原因は、
▽食後に血糖値が急上昇(160mg/dL以上)する「血糖スパイク」
▽脂質代謝異常(中性脂肪高値、LDLコレステロール高値)
▽過剰な飲酒--の三つです。
これらによって作り出されるのが有害物質のアルデヒドです。
アルデヒドはさまざまな種類がありますが、どれも反応性が高く、体のたんぱく質、脂質、遺伝子の性質に異常な変化を与えてしまうのです。
血糖スパイクが多種のアルデヒドを生成
空腹時の血糖値は正常なのに、食後に急激に血糖値が上昇する人がいます。
これが血糖スパイクです。
血糖値は血液中のグルコース(ブドウ糖)の濃度です。
通常グルコースは輪のような形(環状)をしているのですが、0.002%は輪が開いた形(開環型)になります。
すると、アルデヒド基(-CHO)が露出して有害物質のアルデヒドになります。
つまり、血液中のグルコースの量が多ければ多いほど、アルデヒドの量も多くなるわけです。
さらに、血糖スパイクは開環型のグルコースから多種のアルデヒドを連鎖的に生成する反応を引き起こします。私はこれを「アルデヒドスパーク」と名付けました。
脂質代謝異常で正常に代謝されない脂質からもアルデヒドが作られます。
飲酒に注意が必要なタイプは
お酒を飲むと、アルコールが代謝されてアルデヒドの一種「アセトアルデヒド」が作られます。
アセトアルデヒドは、アセトアルデヒド脱水素酵素によって代謝されます。
しかし、この酵素の活性の強さは人によって異なり、酵素活性が強い人、弱い人、ほとんどない人の3タイプに分けられます。
酵素活性がほとんどない人はお酒は飲めません。
最も気をつけないといけないのは酵素活性が弱い人です。
このタイプの人は飲酒後に顔が赤くなり、心臓がドキドキしたり気分が悪くなったりするのが特徴です。
アルデヒドが血中に長時間残って害を受けやすいタイプの人ですから、飲み過ぎには特に注意してください。
損なわれるDNA修復機能
アルデヒドは細胞の分裂・増殖に重要な役割を果たすDNAに傷を付けます。
DNAには傷がついたときにがん化しやすい領域が存在します。
アルデヒドの量が多いとDNAのあちこちに傷が生じ、その領域を傷つける確率が高まります。
また、DNAの傷を修復する酵素たんぱく(DNA修復酵素)もアルデヒドによって異常な変化を起こします。
ですから、糖化ストレスによりDNA修復の機能が大きく低下してしまいます。
このことも、糖化ストレスによってがんの発症リスクが上昇する理由の一つです。
アルデヒドが作り出すAGEs
アルデヒドが体内のたんぱく質と反応してできるのが、強い毒性があり老化を進める終末糖化産物(AGEs)です。
AGEsが細胞のRAGEという鍵穴(受容体)に結合すると、炎症を起こすスイッチが入ります。
また、AGEsがスカベンジャー受容体という鍵穴に結合すると、AGEsは細胞内に取り込まれ、ジワジワと細胞を壊していくのです。
皮膚の老化の原因にもなる
糖化ストレスは皮膚の老化とも深い関係があります。
シミの原因になるメラニン色素を産生するのは、皮膚の色素細胞です。
AGEsは色素細胞を刺激してメラニン色素の産生を増やします。
皮膚は、表皮、真皮、皮下組織の3層でできています。
弾力のある「もちもちとした肌」は、真皮を構成するたんぱく質のコラーゲンやエラスチンがしっかりとした支えになることで保たれます。
ですから、糖化ストレスでコラーゲンやエラスチンが異常な変化を起こしてしまうと、皮膚の弾力性が失われて“たるみ”が生じます。
皮膚科の医師が「皮膚の老化の7割は(太陽光の紫外線による)『光老化』が原因です」と言っているのを聞いたことがあります。
残り3割は糖化ストレスが原因ということだと思います。
ただ私は、もっと多く、皮膚の老化原因の4割ぐらいが糖化ストレスだと考えています。
コグニも糖化ストレスが関係か
認知症(コグニ)のアルツハイマー病の患者は、脳内にアミロイドβというたんぱく質が蓄積しています。
実は、70歳を超えた多くの人の脳内にはアミロイドβがたまっています。
しかし、皆がコグニになるわけではありません。
アルツハイマー病発症のメカニズムは解明途上ですが、糖化ストレスによってアミロイドβの毒性が増すことが原因との説もあります。
毒性を増したアミロイドβによって脳細胞が炎症を起こし、多くの脳細胞が死に、コグニの症状が進行するというわけです。
また、糖尿病は糖化ストレスが強い代表疾患ですが、糖尿病患者はコグニの発症リスクが2~4倍に増えるといわれています。
糖化ストレスを防ぐことが重要
いかがでしょうか。糖化ストレスによって生じるアルデヒドが、さまざまなトラブルを起こすことが分かってもらえたと思います。
糖化ストレスを防ぐことは、健康に過ごすために非常に重要です。
糖化ストレスをきちんと評価し、しっかりと対策を取らなくてはいけません。
× × ×
注:認知症は認知機能の障害です。
認知機能は英語でコグニティブファンクションと言うので、私は認知症のことを「コグニ」と呼ぶことにしています。
「コグニ」だとなんだか弱そうで、やっつけられそうな気がするからです。
2018年5月23日 毎日新聞「医療プレミアム」