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「定性分析」「定量分析」 [医療小文]

がん恐怖の非科学性

紀州のドンファンなるご仁の不審死をめぐつて、病理検査の専門家がテレビで「定性分析」「定量分析」について解説していた。

聞いていて、ふと思いだした。

友人にいわゆるキャンサー・フォビア(がん恐怖症)みたいな男がいて、焼き鳥、焼き肉、焼き魚などはいっさい口にしない。

動物性たんぱく質に多く含まれるトリプトファン(必須アミノ酸の一種)が焼けると、発がん物質に変わるから─というのだ。

目玉焼きの焦げた部分も絶対、食べない。

パンの耳もむしり取って自分は食わないのだが、近所の小公園に集まるハトに投げ与えている。

ハトはがんになってもいいと思っているのか?

ま、なにを食おうが食うまいが、他人に強制さえしなければ、当人の勝手である。

しかし、それを一般論にされては困る。

焼け焦げを食べても、がんにはならないことがわかっているからだ。

こう言うと、国立がんセンターの「がんを防ぐための12ヶ条」には「焦げた部分はさける」とあるではないか─と反問する人がいるかもしれない。

あなたも古いのです。

2011年発表の「がんを防ぐための新12か条」ではその条項は削除されています。

肉や魚にたくさん含まれているアミノ酸が焼けると、細胞の遺伝子に突然変異を起こす物質(変異原性物質)ができる。

なかでもトリプトファンからできる2種類の物質〈トリプP1、トリプP2〉は、特に強い変異原性=発がん性をもつことが動物実験によって確かめられた。

そのため肉や魚の焼け焦げを食べるとがんになる─ということになった。

だが、その発がん実験は、合成された純粋なトリプP1やP2を、マウスに大量に与えて行ったものである。

実際の肉や魚の焼け焦げのなかに含まれるトリプP1やP2は、1㌘当たり1ナノ㌘というきわめて微量なものでしかない。(1ナノ㌘は10億分の1㌘)。

もし実験で与えたトリプP1やP2と同じ量を、本物の焼け焦げの状態で食べさせるとしたら、体重30㌘のマウスが、真っ黒焦げに焼いたイワシを毎日70㌔㌘、1年以上も食べ続けなければならない計算になるそうだ。

仮にマウスと人間の、発がん物質に対する感受性が同質のものだとして、これを人間に当てはめてみると、体重60㌔の人が毎日140㌧もの真っ黒に焼いたイワシを食べ続けることになる。

つまり、現実の問題として重要なのは、発がん性があるかないかではなく、どれだけの量あるか─なのである。

物質の性質をみることを定性分析、量をみることを定量分析というが、定性分析だけにこだわると、人は往々にして科学的迷信のとりこになる。

焼け焦げ恐怖はその最たる一つといえるだろう。

むろんパンの焼け焦げも問題外だ。

それはあのハトたちのためにもよろこばしいことである。
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