乳房切除術は必要か [医療小文]
HBOC乳がんに乳房切除術は必要か
国立病院機構四国がんセンター乳腺外科がん診断・治療開発部長 大住省三
40歳以下の英国人乳がん患者2,733例を対象とした前向きコホート研究で、BRCA1/2遺伝子変異の有無は若年乳がん患者の予後に影響を及ぼさないという結果を、英サウサンプトン大学のEllen R. Copson氏らが、最も権威ある医学誌「Lancet Oncol」に発表した。
コホート研究=特定の地域や集団に属する人々を対象に、長期間にわたってその人々の健康状態と生活習慣や環境の状態など様々な要因との関係を調査する研究。
乳がん患者の治療におけるこの研究の意義について国立病院機構四国がんセンターの大住省三乳腺外科がん診断・治療開発部長の氏に解説してもらった。
リスク低減手術の実施が重要
遺伝性乳がん・卵巣がん(HBOC)は常染色体優性遺伝する遺伝性疾患であり、BRCA1あるいはBRCA2のいずれかに生殖細胞系列変異(germline mutation)を有するとHBOCと診断される。
BRCA1=(breast cancer susceptibility gene I)乳がん感受性遺伝子1
BRCA2=(breast cancer susceptibility gene II)、がん抑制遺伝子の一種、その変異により遺伝子不安定性を生じ、最終的に乳癌を引き起こす。
HBOCは乳がんおよび卵巣がんに罹患するリスクが非常に高く、これらのがん予防対策として特別な検診(サーベイランス)やリスク低減手術を実施することが重要である。
さらに治療面でもHBOCの女性の乳がん・卵巣がんは、HBOCではない女性よりもプラチナ製剤による化学療法の感受性が高いこと、新しいカテゴリーの分子標的薬であるPARP阻害薬での感受性も非常に高いことが示されている。
PARP阻害薬=PARP(損傷したDNAを修復する酵素の一つ)が機能することを妨げる薬剤
このことから、今後HBOCのがん患者での薬物療法では他のがん患者との区別が必要になると思われる。
HBOC卵巣がん患者の予後は良好
今回のPOSH studyは、HBOCの乳がん患者の予後がHBOCではない、いわゆる散発性の乳がん患者のそれと比較して違いがあるかどうかを検討した研究である。
卵巣がんでは、HBOC卵巣がん患者が散発性の卵巣がん患者に比べて少なくとも短期的には予後が良く、その中でもBRCA2に生殖細胞系列変異のある卵巣がんで予後が良いことがほぼ確定している。
HBOC卵巣がん患者の予後が良い1つの理由として、卵巣がん治療でほぼ常に使われるプラチナ製剤での化学療法の効果が大きいことが挙げられている。
一方、乳がんではこの点まだ決着がついていないと考えられており、これに決着をつけようとした研究である。
HBOC乳がん患者に有益な情報
この研究は前向きコホート研究のスタイルを取っている。
英国の127病院で診断時40歳以下であった乳がん患者を登録し、そのほとんど全員にBRCA遺伝学的検査(生殖細胞系列での遺伝子検査)を行い、病的変異のあった患者となかった患者との予後を、全生存率(overall survival)をprimary outcomeとして解析している。
2,733人の女性患者が参加し、経過観察期間の中央値は8.2カ月である。その結果、BRCA遺伝子病的変異の有無別で予後に差がなかったというのが結論である。
多変量解析で他の予後因子を調整し、経過観察のどの時点でも差がなかったとしている。
多変量解析法=互いに関係のある多変量(多変数,多種類の特性値)のデータが持つ特徴を要約し,かつ,目的に応じて総合するための手法。
ただし、トリプルネガティブ(エストロゲンレセプター、HER2がいずれも陰性、プロゲステロンレセプター陰性あるいは不明)に限れば、2年の時点のみBRCA遺伝子病的変異陽性群の方が予後良好(ハザード比0.59)であったが、その後その差は消失したと述べている。
この情報は、HBOC乳がん患者がリスク低減手術を予定する場合に有益である。
本研究の強みは、多数症例での前向き研究で、登録されたほぼ全例でBRCA遺伝学的検査がされたことで、登録時点でのバイアスが起こりにくくしている点である。
ただし、登録された症例の年齢が乳がん診断時点で40歳以下の患者に限られており、この結果がそれより高齢の乳がん患者に当てはまるのかどうかは分からない。
さらに今後プラチナ製剤やPARP阻害薬がHBOC乳がん患者に積極的に使われるようになると、卵巣がんのようにHBOC乳がん患者の予後が散発性乳がん患者より良くなる可能性がある。
国立病院機構四国がんセンター乳腺外科がん診断・治療開発部長 大住省三
40歳以下の英国人乳がん患者2,733例を対象とした前向きコホート研究で、BRCA1/2遺伝子変異の有無は若年乳がん患者の予後に影響を及ぼさないという結果を、英サウサンプトン大学のEllen R. Copson氏らが、最も権威ある医学誌「Lancet Oncol」に発表した。
コホート研究=特定の地域や集団に属する人々を対象に、長期間にわたってその人々の健康状態と生活習慣や環境の状態など様々な要因との関係を調査する研究。
乳がん患者の治療におけるこの研究の意義について国立病院機構四国がんセンターの大住省三乳腺外科がん診断・治療開発部長の氏に解説してもらった。
リスク低減手術の実施が重要
遺伝性乳がん・卵巣がん(HBOC)は常染色体優性遺伝する遺伝性疾患であり、BRCA1あるいはBRCA2のいずれかに生殖細胞系列変異(germline mutation)を有するとHBOCと診断される。
BRCA1=(breast cancer susceptibility gene I)乳がん感受性遺伝子1
BRCA2=(breast cancer susceptibility gene II)、がん抑制遺伝子の一種、その変異により遺伝子不安定性を生じ、最終的に乳癌を引き起こす。
HBOCは乳がんおよび卵巣がんに罹患するリスクが非常に高く、これらのがん予防対策として特別な検診(サーベイランス)やリスク低減手術を実施することが重要である。
さらに治療面でもHBOCの女性の乳がん・卵巣がんは、HBOCではない女性よりもプラチナ製剤による化学療法の感受性が高いこと、新しいカテゴリーの分子標的薬であるPARP阻害薬での感受性も非常に高いことが示されている。
PARP阻害薬=PARP(損傷したDNAを修復する酵素の一つ)が機能することを妨げる薬剤
このことから、今後HBOCのがん患者での薬物療法では他のがん患者との区別が必要になると思われる。
HBOC卵巣がん患者の予後は良好
今回のPOSH studyは、HBOCの乳がん患者の予後がHBOCではない、いわゆる散発性の乳がん患者のそれと比較して違いがあるかどうかを検討した研究である。
卵巣がんでは、HBOC卵巣がん患者が散発性の卵巣がん患者に比べて少なくとも短期的には予後が良く、その中でもBRCA2に生殖細胞系列変異のある卵巣がんで予後が良いことがほぼ確定している。
HBOC卵巣がん患者の予後が良い1つの理由として、卵巣がん治療でほぼ常に使われるプラチナ製剤での化学療法の効果が大きいことが挙げられている。
一方、乳がんではこの点まだ決着がついていないと考えられており、これに決着をつけようとした研究である。
HBOC乳がん患者に有益な情報
この研究は前向きコホート研究のスタイルを取っている。
英国の127病院で診断時40歳以下であった乳がん患者を登録し、そのほとんど全員にBRCA遺伝学的検査(生殖細胞系列での遺伝子検査)を行い、病的変異のあった患者となかった患者との予後を、全生存率(overall survival)をprimary outcomeとして解析している。
2,733人の女性患者が参加し、経過観察期間の中央値は8.2カ月である。その結果、BRCA遺伝子病的変異の有無別で予後に差がなかったというのが結論である。
多変量解析で他の予後因子を調整し、経過観察のどの時点でも差がなかったとしている。
多変量解析法=互いに関係のある多変量(多変数,多種類の特性値)のデータが持つ特徴を要約し,かつ,目的に応じて総合するための手法。
ただし、トリプルネガティブ(エストロゲンレセプター、HER2がいずれも陰性、プロゲステロンレセプター陰性あるいは不明)に限れば、2年の時点のみBRCA遺伝子病的変異陽性群の方が予後良好(ハザード比0.59)であったが、その後その差は消失したと述べている。
この情報は、HBOC乳がん患者がリスク低減手術を予定する場合に有益である。
本研究の強みは、多数症例での前向き研究で、登録されたほぼ全例でBRCA遺伝学的検査がされたことで、登録時点でのバイアスが起こりにくくしている点である。
ただし、登録された症例の年齢が乳がん診断時点で40歳以下の患者に限られており、この結果がそれより高齢の乳がん患者に当てはまるのかどうかは分からない。
さらに今後プラチナ製剤やPARP阻害薬がHBOC乳がん患者に積極的に使われるようになると、卵巣がんのようにHBOC乳がん患者の予後が散発性乳がん患者より良くなる可能性がある。