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幸せ目指す抗加齢学 [健康短信]

「死ぬまで幸せ」を目指す抗加齢学
慶應義塾大学・伊藤裕教授 に聞く

 超高齢社会において「健康寿命の延伸」が社会的要請となる中、伊藤裕・慶應義塾大学腎臓内分泌代謝内科教授は、「幸福寿命」というコンセプトを打ち出した。

 延びた寿命をいかにより良く演出し、死ぬまで幸せでいられるか―という考えだ。

 そこに医療が介入する余地はあるのか。今年(2019年)の日本抗加齢医学会の会長も務める伊藤教授の考えを聞いた。

 超高齢社会で顕在化する加齢に関わるさまざまな問題には、学問横断的なアプローチが必須だという。

 延伸した寿命をいかに幸せに生きるか

――「幸福寿命」を提唱されています。どのような考え方でしょうか。

 超高齢社会を迎え、寿命に関する医学的な関心は、平均寿命の延伸から健康寿命の延伸へと変化してきました。

 それは、老化のプロセスをなるべく遅くして、健康でいられる期間を延ばそうという意図を基調としています。

 一方、私が提案する「幸福寿命」は、人の一生に流れる時間の質を大事にしたいという考え方です。

 過ごしている時間が幸せであるならば、たとえ50年の人生であってもその人にとっては満足であるかもしれません。

 もちろん幸せに暮らし、その結果として長生きできたらいいですが。

 今は、100歳まで生きることが当たり前の社会になっていますが、いかにその100年の時間をよく生きるか、演出できるかということを主体的に考えていきたいです。

――「幸福寿命」実現のためには、どのような方法があるのでしょうか。

 医療そのものの在り方としては、先制医療や未病へのアプローチなど、病気を発症する前の患者予備軍に対する介入が進むことを期待しています。

「上医治未病、中医治欲病、下医治已病(孫思邈『備急千金要方』)という言葉があります。

 下医は病気を発症した患者に普通の治療を行う。

 中医は、変調し病気が起こりかけている患者予備軍に医療でもって介入していく。

 そして、上医は病気が発症していないのに治すということです。

 中医から上医へと引き上げていこうというのが、現在、先制医療が目指している段階です。

 上医は、一般的に私たちが考える医療とはいえないかもしれません。

 しかし、その人の健康状態を心身ともによりポジティブな状態に導き、維持していくための支援を行うという意味で「ポジティブ医療」と私は呼んでいます。

 医師の介入する比重が比較的低い世界ですが、非常に広い意味での医療として提供していきたいと考えています。

 そして、「幸福寿命」の実現には、医療だけでは不十分です。

 人工知能(AI)、情報技術(ICT)やロボットなどの新しいテクノロジーを活用し、スマートシティに代表されるような生活環境を国家レベルで整備することで実現するのではないでしょうか。

 私たちの感性や考え方、リテラシーを変化させていくことも重要だと思います。

 超高齢社会に学問横断的なアプローチを

――そうした社会や意識の変革に医療が関わる余地はありますか。

 例えば、抗加齢医学の分野では、他の学問とのコラボレーションによる新たな医療の創出が期待されます。

 AIなら工学、腸内細菌であれば理工学部などとの連携ですね。

 あるいは、メディアや芸術家と協働するといった広がりは有望だと考えられます。

 日本抗加齢医学会は、食品企業や化粧品企業など、さまざまな業界から参加者が集まる学会ですが、今後はさらに裾野を広げ、多くの人が入ってくる学会にしたいと考えています。

 もともと、「抗加齢」という言葉には、「見た目のアンチエイジング」というニュアンスが強いですが、今後は、超高齢社会という視点から生活環境全体を見渡し、そこにいる人が幸せになれる仕組みやまちづくりを議論するような学会を目指せたらと思っているんです。

――確かに抗加齢医学というと、「見た目の美しさの追求」というイメージがあります。

 美しさとは幸せの根源だと思います。

 その人が幸せであるために、見た目が美しいことが重要である場合もあります。

 しかし、私が考える美しさとは、バランスの調和です。

 人間関係がうまくいっていることがバランスなのかもしれませんし、「なんか今日は調子がいいな」と感じる日には体調のバランスが整っている。

 ある物事が、全体に対して絶妙なバランスを持てたとき、そこに美しさを見いだせたら幸せだと感じるのではないでしょうか。

 哲学的な思想など、物事の捉え方や考え方にリテラシーを持ち、そこまで踏み込んで美しさの探究をしていくことは大切だと思います。

――その他に、抗加齢医学の分野から「幸福寿命」にアプローチする際に重要となる考え方はありますか。

 次世代をいかに育てるかということです。

 欧米では最近、「最初の1,000日が大事」だと言われています。

 つまり、受精後、胎児期、出生後1,000日の間に起こる劇的なエピゲノム変化が、その人の体質、性格に影響を及ぼすということです。

 体質や性格は、その人の老後の健康状態を決定する一因となるでしょう。

 ですから、未来の高齢者の健康を考慮するのであれば、出生前までさかのぼって介入する必要があるのです。

 抗加齢というと、50歳を過ぎて小じわが増えた人たちが対象というイメージがあります。

 それももちろん大事ですが、若い人たちを考慮することはもっと大切です。

 若い人たちの未来を操作することにもなりかねないから、慎重に行わなければいけませんが。

 超高齢社会以後の、未来の高齢者を考える。

 そういう目的も持った抗加齢医学であるべきだと考えています。
――抗加齢は医学にとどまらず、学問横断的アプローチが重要だと感じました。

 もともと面白い学問なんです。

 われわれも1年に1回行われる総会には特別な思いで臨んでいます。

 リフレッシュするんです、身体も心も。頭も、いつもとは違うことに触れて。参加者もきらびやかだし(笑)。

 一般的な学会では「その分野を深くやっていこう」と掘り下げていきますが、日本抗加齢医学会ではそれらを違う側面から検討するんです。

 専門分野の学会に参加すると、聴講した演題から自身のテーマに結び付けて考えていく必要性がありますが、日本抗加齢学会では、楽しみながら情報を頭にインプットする。

 そして、頭の中で無意識的に情報が統合されて新しいテーマが浮かび上がってくるといった感じです。

 そういうポテンシャルを上げてくれるという意味でも、参加する意義がある学会です。

有限な人生を楽しく生きよう

――最後に加齢に関する、先生の思いをお聞かせください。

「百寿」って、いい言葉ですよね。

 100歳は「寿」だと。では、寿とはなんでしょうか?いわゆる「ハッピーに生きたい」ということではないでしょうか。

 人間の寿命は115歳で尽きるといわれています。

 人間である以上、絶対に死にます。

 Googleが15億ドルの予算を投下して不老の研究をしていることはご存じの通りです。

 ハダカデバネズミから不老遺伝子を探そうとしていますが、私は不可能だと思いますし、そうした実験が成功して人間の寿命が延びたら、幸せを感じられなくなると考えるんです。

 死ぬという事実があるから、幸せがあって、美しさも感じられる。そうした感性を持って、有限な人生を楽しく生きようと。

 それが今、一番言いたいことです。

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