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卵論争 [健康短信]

迷走するコレステロール・卵論争
 観察研究から食事を考えることの限界

 2015年の米国の食事摂取基準においては、食事中のコレステロール量や卵の摂取量は血中脂質プロファイルや心血管疾患発症リスクとは関連しないため気にする必要はないとされている(JAMA 2015;313: 2421-2422)。

 また、「日本人の食事摂取基準2015」においても、コレステロール摂取量の上限量(目標量)を設定するに十分な根拠がないとされている(食事摂取基準 2015, p125~126)。

 一方、その後に発表された日本動脈硬化学会の『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017』(CQ9)、あるいは『脂質異常症診療ガイド2018』(p51)においては、コレステロール摂取量を200mg/日未満にすることによってLDL-C低下効果を期待でき、心血管疾患を予防できる可能性がある(推奨レベルA)とされている。

 非専門家としてはこれらの勧告の乖離をどのようにとらえればよいのか迷うところである。

 そんな中、米国医師会誌に、食事中のコレステロール量や卵の摂取量が心血管疾患や全死亡の発生率と相関するという論文が掲載された(JAMA 2019;321:1081-1095)。

 ことによると米国の食事摂取基準に影響を与える可能性もある。

 研究のポイント1:米国の6つのコホート研究を統合した大規模データ

 本研究は20もの米国のコホート研究を合算して、米国人共通のデータを導き出そうという、Lifetime Risk Pooling Project(Int J Epidemiol 2015;44:1557-1564)の一環として行われたものである。

 ベースラインでの食事記録が取られ、重要な変数のデータが記録されていた以下の6つのコホート研究が集積された。

① ARIC(Atherosclerosis Risk in Communities)Study; Am J Epidemiol 1989;129:687-702
② CARDIA (Coronary Artery Risk Development in Young Adults) Study; J Clin Epidemiol 1988;41:1105-1116
③ FHS (Framingham Heart Study); Glob Heart 2013;8:3-9
④ FOS (Framingham Offspring Study); Prev Med 1975;4:518-525
⑤ JHS (Jackson Heart Study); Ethn Dis 2005;15 (suppl 6):4-17
⑥ MESA (Multi-Ethnic Study of Atherosclerosis); Am J Epidemiol 2002;156:871-881

 ベースラインでの食事記録が極端に少なかったり(500kcal/日未満)、極端に多かったり(6,000kcal/日以上)した者は除外された。

 また、重要な変数の記録が欠如している者も除外された。

 主要アウトカムは心血管疾患発症率と全死亡率とされ、心血管疾患については、致死性・非致死性を問わない冠動脈疾患、脳卒中、心不全、それら以外での心血管死の複合エンドポイントとして評価が行われた。

 データの採取においては、年齢、性、人種、教育レベル、生活習慣(喫煙・アルコール摂取、身体活動量)、BMI、血圧、脂質プロファイル、投薬状況、医学的状況の情報も収集された。

 一番古いベースラインデータは1985年3月25日のもので、2016年8月31日までの状況で解析がなされた。

 解析においてはコホート層別原因特異的ハザードモデルが用いられ、以下の複数のモデルでの解析がなされたが、モデル3では因果の逆転の余地があるため、モデル2を主要モデルとした。

モデル1:年齢・性・人種・教育レベル

モデル2:モデル1+総エネルギー摂取・喫煙・アルコール摂取・身体活動

モデル3:モデル2+BMI・糖尿病の有無・収縮期血圧・降圧薬服用の有無・HDL-C・non HDL-C・抗高脂血症薬服用の有無


 研究のポイント2:コレステロール、卵摂取量とも心血管疾患や全死亡と相関

 解析の対象は2万9,615人、フォローアップ期間の中央値は17.5年(結果として52万4,376人・年のフォローアップ)、ベースライン時の平均年齢51.6±13.5歳、黒人31.1%、男性44.9%という集団となった。

 全体での平均コレステロール摂取量は285±184mg/日で、中央値は241mg(25パーセンタイル164mg、75パーセンタイル350mg)/日であった。

 また、全体での平均卵摂取量は0.34±0.46個/日で、中央値は0.14個(同0.07個、0.43個)/日であった。

 全体での心血管疾患発症率は10.9/1,000人・年であり、全死亡率は11.7/1,000人・年であった。

 これをコレステロール摂取量別で示したのが図1であり、モデル2で解析すると、コレステロール摂取量が300mg/日増加するごとに、心血管疾患発症率は17%、全死亡率は18%有意に増加していた。

 卵摂取量と心血管疾患発症率や全死亡率との関係を示したのが図2であり、卵摂取が0.5個/日増えるごとに心血管疾患発症率は6%、全死亡率は8%有意に増加していた。

 こうしたコレステロール摂取量あるいは卵摂取量と心血管疾患発症率や全死亡率との関係性はモデル1、2、3のいずれでも同様であり、さまざまなサブ解析においてもほぼ一貫して見られた。

 研究者たちは、既存の17コホート研究(36万1,923人)+19介入試験のメタ解析(Am J Clin Nutr 2015; 102:276-294)において、コレステロール摂取量と心血管疾患の関係性で結論が出せなかったことや、既存の複数の試験においても必ずしも正の相関を示すものばかりでなかったことを踏まえつつも、こうした研究は交絡因子の調整がきちんとできていなかったものと指摘。

 今回の研究は交絡因子になりそうなさまざまな因子を全て包括的に評価しており、また、既存の研究よりも長期のフォローアップをしており、真の相関関係を見いだすのに強力なデザインであることを強調している。

 その上で、食事中のコレステロールの25%を卵の摂取が、42%を肉の摂取が占めていることを踏まえ、卵や肉の摂取量を最小化する必要があるかもしれず、このことを今後の食事ガイドラインは考慮すべきと結論している。

 なお研究者らは、この研究の限界として、以下の6つを挙げている。

1.食事記録が自己記録で客観的なものでなく、また1回きりの調査である

2.各コホート研究における食事評価法が異なり、データ解析において不均一性が存在する

3.交絡因子が調整しきれずに残存しうる

4.心血管疾患の細かな分類やがん死などの細かな分類の情報が得られていない

5.今回のデータが米国人のみのものであるため、食習慣の異なる米国人以外の人に当てはめる際には注意を要する

6.観察研究であり、因果関係を確立できない

 考察1:因果関係を反映していない可能性を強調すべき

 今回の研究を通じ、研究者らは既存のメタ解析で結論が出せなかったことに比較して、自身のメタ解析の結果の方が包括的かつ重要で、自身のメタ解析では相関関係を見いだしたのでコレステロールや卵の摂取を控えるべきだと結論している。

 かつては食事中のコレステロールや卵の摂取を制限するよう指導していた。

 そして、その患者に強いた努力は、1~2カ月後には血清コレステロール値の低下として現れるものの、その数カ月後には血清コレステロール値の再上昇があって報われないということを多々経験してきた。

 この個人的経験は、食事中のコレステロールの増減はコレステロール吸収と内因性コレステロール合成の調整により、7割方の人で代償されてしまうという研究結果から科学的に説明可能であることを知った(J Clin Invest 1987;79:1729-1739)。

 この論文を知って以降、7割の人でメリットが得られない努力を全ての患者に強いるのをやめ、卵をガンガンと食べていてコレステロールが明確に高値のまま保たれている人にだけ(理論的には3割存在することになるが、そもそも卵をガンガンと食べている人が少ないので、実臨床の現場ではほとんどお目にかかることはない)、後から卵の制限を求めるというスタンスでいる。

 そして、糖質制限下ではコレステロール摂取量によるLDL-Cへの影響はほとんど存在しないこともあり(J Nutr 2008;138:272-276)、どうしても卵の摂取を減らせないのであれば、卵を減らす努力をせずにスタチンを内服するという選択肢も提示することにしている。

 十把一絡げにコレステロールや卵の摂取を控えさせるべきだという研究者らの結論に、科学者としての傲慢、もしくは臨床家としての怠慢を感じざるをえない。

 十分な検証もなく、個人の生活に制限をかけようとするその態度に怒りすら感じている。

 そもそも、観察研究における相関関係は必ずしも因果関係を意味しない。

 交絡因子の影響を受けうるのである。既知の交絡因子で包括的に調整していたとしても、なお未知の交絡因子の影響を除外できないということを真剣に恐れるべきである(研究者らは自分たちで限界の三つ目に挙げたことを真剣には憂慮していない)。

 そして、個人の食生活に制限をかけるということは、人の自由を奪うことであり、基本的人権の侵害に相当しうると強く認識すべきである(研究者たちは自分たちで限界の六つ目に挙げたことを真剣には憂慮していない)。

 観察研究の結果を因果関係と誤解して、そのまま臨床勧告にまで持ち上げることは控えるべきであり、臨床勧告に持ち上げるのであれば、観察研究の限界を強く述べ、因果関係を反映していない可能性を十分に周知すべきなのである。

 すなわち、本来なら、研究者らが限界に挙げた六つ目こそを一番目に持ってくるのが筋である。

 六つ目の限界として、わずか9語で因果関係を確立できないと言い訳をしてさえおけば、あたかも明確に因果関係であるかごとく語ることが許されるわけではない。

 そもそも限界の三つ目(交絡因子を全て調整できているわけではない)と六つ目(観察研究であり、因果関係を確立できない)は極めて近しい関係にある。

 四つ目の限界として死因の細かな分類がないことを挙げたり、五つ目の限界として米国人のデータに限定されていることを間に挟んだりする辺りにも、研究者らが真剣に因果関係にアプローチしてないこと、あるいは因果関係にアプローチするセンスが皆無であることを強く感じざるをえない。

 ちなみに、コレステロール摂取や卵摂取に制限をすべきだとの勧告を出すためには、以下のランダム比較試験(RCT)が必要である。

 コレステロール摂取制限を妥当とするに必要なRCT

 Patient:高コレステロール血症(心血管疾患の既往の有無を問わない。できれば両方とも)
Intervention:コレステロール摂取および卵摂取の制限〔ただし、LDL-C高値の場合はスタチン投与(スタチン不耐例にはNPC1L1阻害薬エゼチミブ投与)を必須とする〕

Comparison:コレステロール摂取も卵摂取も無制限〔ただし、LDL-C高値の場合はスタチン投与(スタチン不耐例にはNPC1L1阻害薬エゼチミブ投与)を必須とする〕

Outcome:primary=複合心血管イベント発生率、secondary=全死亡率、がん発生率、直接的薬剤費、総医療費

 今や、スタチンなしでの高コレステロール血症管理や心血管疾患予防は考えられない時代である。

 スタチン投与が前提となっている状況においても、コレステロールや卵の摂取制限に臨床的に価値があるのか(心血管イベント発生率や全死亡率に差異がでるのか、あるいはそれらに差異が出ずとも、スタチンの使用が抑制されて医療費が抑制されるのか)、きちんと検証してから結論や勧告を出すべきである。

 考察2:なぜ既存のメタ解析と結論が異なるのか・・・

 Discussionのパートで、研究者らはコレステロール摂取量に関するコホート研究などの既存のメタ解析として、前述したBergerらの論文(Am J Clin Nutr 2015;102:276-294)を挙げている。

 Bergerらは研究では1つ1つの研究の結果が不均一で、結論を導き出すことはできないとされている。

 このBergerらの研究で取り上げられていて、かつLifetime Risk Pooling Projectに参画していながら、今回の論文に取り上げられていないコホートは3つある。

 Honolulu Heart Program(Am J Epidemiol 1984;119:667-676)、Pueruto Rico Heart Health Program(Am J Clin Nutr 1980;33:1818-1827)、

 Womens' Health Initiative(Ann Neurol 2012;72:704-715)である。また、Bergerらの研究で取り上げられていて、Lifetime Risk Pooling Projectに参画していない米国のコホートとして、Nurses' Health Study(Circulation 2001;103:856-863)、Health Professionals Follow-up Study(BMJ 2003;327:777-782)がある。

 これらのコホート(特にLifetime Risk Pooling Projectに参加している3つのコホート)をなぜ今回の論文では除外しているのかが不明である。

 そして、それが不明である限り、既存のメタ解析よりも自分たちのメタ解析の方が包括的で長期であって、よい研究であるなどという考えには賛同できない。

 同じく、卵摂取量に関するコホート研究のメタ解析として、例えば、Rongらの論文(BMJ 2013;346:e8539)がある。

 Rongらも卵摂取量と心血管疾患の増加に相関はないとしている(糖尿病患者では冠動脈疾患の増加と相関しているものの、出血性脳卒中の減少とも相関しているとする)。

 このRongらの研究で取り上げられていて、かつLifetime Risk Pooling Projectに参画していながら、今回の論文に取り上げられていないコホートは2つある。

 NHANES I(Med Sci Monit 2007;13:CR1-8)とNHANES Ⅲ(Public Health Nutr 2011;14:261-270)である。

 また、Rongらの研究でもNurses' Health StudyとHealth Professionals Follow-up Study(JAMA 1999;281:1387-1394)は取り上げられている。

 正の相関関係が出るようにするために、取り上げるコホートを研究者らが恣意的に絞った可能性を否定できないのではないかと疑ってしまう。

 また、イランにおけるGolestan Cohort Studyでは卵摂取の多さは全死亡率の低下と相関していた(Am J Prev Med 2017, 52, 237-248)。卵摂取と全死亡率について因果関係を語るのであれば、研究者らは米国人のデータでなくても、このGolestan Cohort Studyのデータに対する解釈をDiscussionの中で陳述せねばなるまい。

 その意味では、本研究が真に包括的と言えるのか、そして、包括的であるなしにかかわらず、どうして既存の研究と結論が異なるのか、誰しもが納得できる解説をすべきである。

-考察3:今後の食事ガイドラインに不安

「日本人の食事摂取基準2015」では、日本人のコホート研究として、NIPPON DATA80(Am J Clin Nutr 2004;80:58-63)、JPHC(Br J Nutr 2006;96:921-928)が引用され、いずれも卵摂取量と虚血性心疾患や脳卒中による死亡率、あるいは冠動脈疾患罹患との関連を認めていないとされている。

 そして、その上で、前述のように十分な科学的根拠が得られなかったため、目標量の算定は控えたとされてはいる。

 しかし、コレステロールの摂取量は低めに抑えることが好ましいものと考えられるとの文言も記載されている。

 現在、「日本人の食事摂取基準2020」の作成が佳境に入っていると考えられ、既に閲覧可能な「日本人の食事摂取基準」策定検討会報告書(案)においても、「循環器疾患予防(発症予防)の観点からは目標量(上限)を設けることは難しいと考え、設定しないこととした」とされている。

 しかし、やはり「許容されるコレステロール摂取量に上限が存在しないことを保証するものではない」としている。

 そして、エビデンスレベルの扱いとして、介入研究とコホート研究とを同格のエビデンスレベルとしてしまっている(エビデンスレベルというものへの理解が危ういと感じる)。

 今回のLifetime Risk Pooling Projectのデータを、今後わが国においてどのように扱うのかは不明であるが、これが介入研究と同格として扱われてしまっては、将来の(早ければ2025年の)食事摂取基準においては、コレステロール摂取量や卵摂取量に上限を設定されかねない。

 人の食生活に制限をかけることに真摯に憂いを覚える善良な臨床家の視点と、コホート研究のデータから因果関係を読み込むことに、真摯に恐れを抱く善良な疫学者の視点でもって、今後の食事摂取基準が作成されつづけることを願わずにいられない。

 山田 悟 北里研究所病院 糖尿病センター長
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