アルコール性ブラックアウト [「ヘルシーエッセイ」再録]
「One's Life」という健康総合ニュースサイトの片隅の小さな欄に毎週1本、「健康常識ウソホント」というタイトルの拙文を寄稿している。
そこへさらに「ヘルシーエッセイ」なる短文を追加することになった。
だが、こちらは30年以上も前に書いたもので、その旧稿の再利用である。
同サイトの「特集」という項目を開いて、さらにそのなかの「コラム」という項目を開いていただくと、出てきます。
なんだかずいぶん無精なことをしますが、それをさらにここへ再々録させてもらいます。
ヘルシーエッセイ(2)
アルコール性ブラックアウト
先年、肝硬変で亡くなった池田弥三郎教授は、いかにも江戸っ子らしいきっぷのいい酒呑みだった。
肝硬変の原因をつくるのは80%以上が肝炎ウイルス。
酒による肝硬変は一般に考えられているほど多くはなくて、10%程度にすぎない(ただし、これは日本人の場合で、欧米ではアルコール性の肝硬変が大半を占める。)
しかし、実際にはどうだったのか知らないが、池田先生の肝硬変は、おそらく酒のせいだったのであるまいか。
とにかく、よくお飲みになったようである。
20年以上も以前のことだけれど、お会いして「酒談義」をうかがった。
そのときすでに「このところめっきり弱くなりました」といっておられたが、それでも適量はウイスキー「半本」で、ほとんど毎晩飲んでいるということだった。
むろん、酒は量ではない。なによりも酒品、これがだいじである。
酒ぐせの悪い男とは酒席を共にしない主義。いくら飲んでも翌朝はきちんと起きて机に向かう、とおっしゃった。
小生などにはずいぶんと耳が痛くもあったが、その池田さんの厳父―名代の天ぷら屋『天金』のあるじだった金太郎氏―もまた浴びるほど飲みながら、酒飲みが酒にのまれることをことの外きらった。
この人には「酒の上のことだから・・・」という口実は絶対通用しなかった。
「酒の上のことだからカンベンしろとは何事だ。酒の上のことだからこそカンベンならねぇ。そんなことしたら酒に申しわけない」。そういう人だった。酒に申しわけない、が面白いではないか。
感銘深く身にしみて、以来、わたくし、酒の上の失敗などしたことない。というのは、むろん大ウソである。
ただ、なぜか、このごろ、だらしなく酔っぱらってしまった、そのあとのことはまるで覚えていないし、思い出せない、といったことがよくある。
おかげで例の二日酔いの朝の自己嫌悪まじりの悔恨をうまく免れることが多くなったのはありがたい。人間、トシをとるのもまんざらわるくないと思う。
このような酩酊時の一時的な記憶欠損をアルコール性ブラックアウトという。
ブラックアウトは、血液1㎗中のアルコール含有量が200~300㎎(すなわち血中アルコール濃度0.2~0.3%)を超えると現れる現象である。
これは強酩酊期ないし泥酔期と呼ばれる状態で、ちょっとしたことでも激怒して叫んだり、泣き出したりする。
理性のタガがはずれて、潜在的本性が現れるのである。
このときには、麻酔がかかったように大脳の記銘力が失われている―またはずいぶんと弱くなっている―ために、自分が言ったり、したりしたこと、あるいは人に聞いたり、されたりしたことを、酔いがさめたあと、ほとんど思い出すことができない。
思い出そうにも初めから脳に記銘されていないのだから無理な話なのである。
逆にふだんは忘れてしまっていることを、酔ったときに思い出す、状況依存性効果という現象もみられる。
酔うといつも同じことをぐちったり、しつこくなるのはこのためである。
また、アルコールが入ると、いったいに右脳の働きがストップして、「言語脳」の左脳だけしか働かなくなる傾向がある。
で、頭に浮かんだことは全部言葉にしないと気がすまず、とめどなくしゃべりつづけることになる。
こうした急性アルコール中毒による一過性の脳の障害に対して、慢性的な脳萎縮による知能や記憶力の減退が起こることもある。
これは飲酒歴が長ければ長いほど、飲酒量が多ければ多いほど、進行が早い。
この慢性アルコール中毒による精神障害としてよく知られているのが、「コルサコフ症候群」である。
これにやられると、記銘力が弱まって、見たこと聞いたことを片はじから忘れ、自分がいまどこにいるかという見当感を失い(失見当)、根も葉もない作り話をする(作話症)ようになる。こわい、こわい!
それにしても、酒というものは大変なものだ。
年とともに酒の大変なることがわかってくる。
そこへさらに「ヘルシーエッセイ」なる短文を追加することになった。
だが、こちらは30年以上も前に書いたもので、その旧稿の再利用である。
同サイトの「特集」という項目を開いて、さらにそのなかの「コラム」という項目を開いていただくと、出てきます。
なんだかずいぶん無精なことをしますが、それをさらにここへ再々録させてもらいます。
ヘルシーエッセイ(2)
アルコール性ブラックアウト
先年、肝硬変で亡くなった池田弥三郎教授は、いかにも江戸っ子らしいきっぷのいい酒呑みだった。
肝硬変の原因をつくるのは80%以上が肝炎ウイルス。
酒による肝硬変は一般に考えられているほど多くはなくて、10%程度にすぎない(ただし、これは日本人の場合で、欧米ではアルコール性の肝硬変が大半を占める。)
しかし、実際にはどうだったのか知らないが、池田先生の肝硬変は、おそらく酒のせいだったのであるまいか。
とにかく、よくお飲みになったようである。
20年以上も以前のことだけれど、お会いして「酒談義」をうかがった。
そのときすでに「このところめっきり弱くなりました」といっておられたが、それでも適量はウイスキー「半本」で、ほとんど毎晩飲んでいるということだった。
むろん、酒は量ではない。なによりも酒品、これがだいじである。
酒ぐせの悪い男とは酒席を共にしない主義。いくら飲んでも翌朝はきちんと起きて机に向かう、とおっしゃった。
小生などにはずいぶんと耳が痛くもあったが、その池田さんの厳父―名代の天ぷら屋『天金』のあるじだった金太郎氏―もまた浴びるほど飲みながら、酒飲みが酒にのまれることをことの外きらった。
この人には「酒の上のことだから・・・」という口実は絶対通用しなかった。
「酒の上のことだからカンベンしろとは何事だ。酒の上のことだからこそカンベンならねぇ。そんなことしたら酒に申しわけない」。そういう人だった。酒に申しわけない、が面白いではないか。
感銘深く身にしみて、以来、わたくし、酒の上の失敗などしたことない。というのは、むろん大ウソである。
ただ、なぜか、このごろ、だらしなく酔っぱらってしまった、そのあとのことはまるで覚えていないし、思い出せない、といったことがよくある。
おかげで例の二日酔いの朝の自己嫌悪まじりの悔恨をうまく免れることが多くなったのはありがたい。人間、トシをとるのもまんざらわるくないと思う。
このような酩酊時の一時的な記憶欠損をアルコール性ブラックアウトという。
ブラックアウトは、血液1㎗中のアルコール含有量が200~300㎎(すなわち血中アルコール濃度0.2~0.3%)を超えると現れる現象である。
これは強酩酊期ないし泥酔期と呼ばれる状態で、ちょっとしたことでも激怒して叫んだり、泣き出したりする。
理性のタガがはずれて、潜在的本性が現れるのである。
このときには、麻酔がかかったように大脳の記銘力が失われている―またはずいぶんと弱くなっている―ために、自分が言ったり、したりしたこと、あるいは人に聞いたり、されたりしたことを、酔いがさめたあと、ほとんど思い出すことができない。
思い出そうにも初めから脳に記銘されていないのだから無理な話なのである。
逆にふだんは忘れてしまっていることを、酔ったときに思い出す、状況依存性効果という現象もみられる。
酔うといつも同じことをぐちったり、しつこくなるのはこのためである。
また、アルコールが入ると、いったいに右脳の働きがストップして、「言語脳」の左脳だけしか働かなくなる傾向がある。
で、頭に浮かんだことは全部言葉にしないと気がすまず、とめどなくしゃべりつづけることになる。
こうした急性アルコール中毒による一過性の脳の障害に対して、慢性的な脳萎縮による知能や記憶力の減退が起こることもある。
これは飲酒歴が長ければ長いほど、飲酒量が多ければ多いほど、進行が早い。
この慢性アルコール中毒による精神障害としてよく知られているのが、「コルサコフ症候群」である。
これにやられると、記銘力が弱まって、見たこと聞いたことを片はじから忘れ、自分がいまどこにいるかという見当感を失い(失見当)、根も葉もない作り話をする(作話症)ようになる。こわい、こわい!
それにしても、酒というものは大変なものだ。
年とともに酒の大変なることがわかってくる。
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