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現代家相考 [「ヘルシーエッセイ」再録]

「One's Life」という健康総合ニュースサイトの片隅の小さな欄に毎週1本、「健康常識ウソホント」というタイトルの拙文を寄稿している。
そこへさらに「ヘルシーエッセイ」なる短文を追加することになった。
だが、こちらは30年以上も前に書いた旧稿の再利用である。
なんだかずいぶん無精なことをしますが、それをさらにここへ再々録させてもらいます

ヘルシーエッセイ(10)

現代家相考 

友人Tの息子が小学校1年生のとき、下のような作文をかいた。

「ぼくのおとうさん、だいくのくせにじぶんのうちつくらないで、よそのうちばかりつくっている。

ぼくのうちはアパートなんだ。

おとうさんて、どうかしてるな。

どうしてってきいたら、とちがないんだって。しょうがないよね。」

いや、まいったよ、と、Tにその作文を見せられて、目頭がじわっと熱くなった。

父親に寄せる少年の純真な思いに胸を打たれた。

同時に、Tとは別の意味で、こちらも大いに参った。

映画やドラマなどで、屈託のない子役の演技が大人の役者をくってしまうのを、まま見ることがある。

Tの息子の作文にもそんなようなところがある。

短い記述のなかに必要な説明はすべてなされている。

無駄な語句はひとつもなく、素直な情感がしぜんに表れている。

年中、冗漫な雑文をかいてばかりいるぼんくらライターは、まったく降参脱帽したものだった。

それから10年余の歳月が流れて、大工のTが、このほど、自分の家を自分の手で建てた。

多摩兵陵のはずれに拓かれた住宅町の新居を、1本提げて訪ねていった。

大邸宅というのではない。

瀟洒な住まいというのでもない。

しっかりとした造作の、いかにもTの人柄と大工の技量がよく現れた家だった。

「まぁ、家相なんかもいちおうは取り入れてね、図面引いてみたんだけど」。

家相も、人相や手相と同じように、古代中国に生まれた占いの一種で、家の位置・方角・間取りなどあらゆる面から吉凶を判断する。

これが現代の建築学、住居学の立場からみても合理的な正しい指摘であることが多い。

以下、すべてTの話の受け売りだが、たとえば、「離(みなみ)の方位に空地あるは吉相と知るべし(南に空地のある敷地は吉)」という家相の文言は、現代でも敷地の第一条件である。

とはいえ、だれもが南空地の家を持てるわけではない。

家相の本には、

「もし南に空地なきときは、南方に天窓をあけて陽光を受け、これを補うべし」とある。理にかなっている。

家相で最も問題にされるのは例の「鬼門」というやつである。

鬼門は、陰陽道で悪鬼が出入りする口といわれ、この方角(東北)と、裏鬼門(南西)には、便所や浴室をつくってはいけない。

台所が裏鬼門にあるのも大凶、と家相術は教えている。

鬼門―つまり北向きの場所―には秋分から春分までまったく日が当たらない。家中でもっとも寒い。

冬の夜、手洗いに起きて倒れるケースが多からトイレにも暖房を、とはよくいわれることである。

逆に、裏鬼門(南西)のような日当たりのいい場所を便所などにするのはもったいない。

居間、子ども部屋、食堂などに利用すべきだ。

それからまた、窓から日光の入る南西の台所は清潔を保つうえでは満点だが、夏は気温が上がりすぎ、冷蔵庫のなかった昔は、食物がいたみやすかった。

裏鬼門の台所は凶―を、そのように理解すれば、現代の暮らしの知恵としても通用する。

「寝所の辺にかまどを作れば小児にたたるべし」とも家相学にある。

寝室の必要条件の一つは静かさである。

だから家のなかでも、道路や人の動きの多い場所から離れたところに設けたい。

家のなかで人の動きの多い場所というと、居間、食堂、台所などだが、台所はそれに加えて火を扱うし、匂いも発散する。

寝室といちばん離したいところだ。

とくに一日の大半を眠っている乳児の保育には騒音が禁物だ。

「小児にたたる」はそのように解釈したらどうだろう。

家相をいちがいに迷信ときめつけず、そればかりにとらわれることもなく、合理的な柔軟な考え方をしたい―というのが、家作りのプロのTの結論だった。

ともあれ、あの作文を見せられてから10余年、Tは我が家を建て、親思いの息子は大学生になった。

春の一夜、うれしい酒を飲んだ。
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