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平安才女のイワシ挿話 [それ、ウソです]

 それ、ウソです(93)

 平安才女のイワシ挿話

「日の本にはやらせたまう石清水まいらぬ人はあらじとぞ思う」というのは紫式部である。いやしい魚とされたイワシを食べているのを夫にとがめられ、イワシと石清水八幡宮をかけた歌で返したわけだ。(「余禄」=毎日新聞2003年9月2日)

「源氏物語」を書いた紫式部といえば平安朝の才女だが、愉快な逸話を残している。作り話のようでもあるけれど、イワシが好物だったらしい。(「天声人語」=朝日新聞2008年6月22日)


下魚のイワシをこっそり食べているところを見とがめられた才女が、石清水八幡宮をたたえる古歌を援用して言いつくろった─というこの話の原典は、室町時代を中心に作られた『御伽草子(おとぎぞうし)』である。

『日本古典文学大系38巻』(岩波書店刊)の同書を開いてみると、『一寸法師』や『浦島太郎』などといっしょに収められた『猿源氏草紙』のなかにこの挿話が出てくる。

だがその才女の名は「紫式部」ではない。「和泉式部」である。

では、なぜ「余禄」や「天声人語」は、紫式部なのか。

ほとんど同じ話を、江戸中期以降の書『市井雑談集(しせいぞうだんしゅう)』『和訓栞(わくんのしおり)』『三省録(さんせいろく)』などが、紫式部の逸話として紹介しているからだろう。

憶測だが、「天声人語」や「余禄」のネタ本は、昭和の時代に「お魚博士」と親しまれた、末広恭雄・東大教授の著書ではないだろうか。

「天声人語」の上掲の文のつづきは、こうだ。

「イワシは卑しい魚で、高貴な者が大っぴらには食べられない。内緒にしていたが、ある日、焼いた匂いが消えないうちに夫が戻って来てバレてしまう。だいぶ叱られたようだと、江戸期の文献をもとに、魚博士で知られた末広恭雄が書いている」。

紫式部と和泉式部、同じ平安朝の才女で、中古三十六歌仙、女房三十六歌仙とされる二人ではあっても、紫式部のほうがポピュラーだし、宮中奉仕の女官が用いた「女房詞(にょうぼうことば)」ではイワシは「むらさき」だったりもするし、で、後世の書は、和泉式部を紫式部にすりかえたのではないだろうか。

しかし、話そのものは『御伽草子』のほうがずっと面白い。

ざっとこんなふうである。

あるとき、和泉式部がイワシを食べているところへ、愛人の(のちに3人目の夫となった)藤原保昌が入ってきた。

式部はあわてて衣装のうしろにイワシを隠した。

その素振りを見て、保昌は、てっきりもう一人の愛人、道命法師からの手紙だろうとかんぐり、

「なにを隠したんだ。あやしいぞ」と強引に迫った。

式部はしかたなくイワシを見せて、

「日の本にいははれ給ふ岩清水まいらぬ人はあらじとぞ思ふ(日本でだいじに祭られている石清水八幡宮にお参りしない人はないでしょう)」と口ずさんだ。

石清水とイワシを語呂合わせして、こんなおいしい魚を食べない人はいないでしょうと、弁解したわけだ。

保昌は、式部が隠そうとしたものが、別の男からの恋文などではなかったとわかり、たちまち機嫌を直し、

「はだへをあたため、ことに女の顔色をます、薬魚なれば、用ひ給ひしをとがめしことよ(イワシは体を温め、ことに女性の肌を美しくする薬魚なのに、食べるのをへんに誤解してわるかった)」とあやまった。

そして二人は、「なおなお浅からず契(ちぎ)りしとなり」。

めでたし、めでたし…。

さて、ところで、イワシの肉は良質のたんぱく質。コレステロールを減らし、動脈硬化を防ぎ、頭の働きにもよい不飽和脂肪酸のEPAやDHAもたっぷり含んでいる。ビタミンA、B2も多い。

骨が軟らかいからじっくり煮れば骨ごと食べられる。骨粗しょう症を防ぐカルシウムの給源としても、もってこいだ。

「薬魚」とは、保昌、よくぞ言い給いけり。

欠点は「魚」へんに「弱」と書くほど鮮度が早く落ちやすいこと。生で食べるときは気をつけましょう。

(株)ORTICのHp「それ、ウソです」を再録。
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